サイドキック
『香弥様、お願い致します』
ステージ上、マイクの位置まで移動した私を急かすようにアナウンスがなされて。
舌打ちを零したい心境ではあったものの、指示通りマイクの前に立った私は伏せていた顔を持ち上げた。
擦れ違った婚約相手の顔は見ていない。
マイクの設置された場所がステージの最前ということもあり、今度は婚約相手に私が背を向ける形になったから。
『―――皆様、この度は』
マイクのスイッチがONに傾いていることを確認して、私が言葉を落とし始めた瞬間だった。
―――――カチッ
僅かな動作音と共に辺り一帯が暗闇に包まれたのだ。
紛れもない人為的な停電。
暗順応まで時間が掛かる。思わず目を閉じていた私は、直ぐに自らの周囲で起きている異変に気が付いた。
「――――……ッ、!?」
そんな、まさか。でもそんな筈は―――、
鼻先を掠めるあの香りに鼓動が速さを増す。
信じられない思いでぐるぐると思考を巡らしていた私だけれど、耳元で零されたあの声に疑惑が確信へと成り代わった。