サイドキック
「………」
「………」
「…………、私ですか?」
「うん、反応遅すぎだよね」
ぱちりぱちり、瞬きを繰り返す。
ナンパ……とか、初めてされたような気がする。大学の中で声を掛けられることはあるけれど。
「ごめんなさい、待ち合わせしてるので」
「えー、そんなこと言わないで遊ぼうよ」
「いやホント……困るんで、」
眉根を寄せて後ずさるように足を後退させていれば、不意に掴まれた腕に逃げ場が無くなる。
これは困った。
今この場でこの男を相手するにしても、此処では人目に付き過ぎる。
仕方ない。路地裏まで連れ込んでダウンしてもらうしかないか。
「―――わかりました、一緒にあっちまで」
行きましょう、と。続く筈だった言葉は音に成り切らず不発に終わる。
「俺のターゲット横取りしてんじゃねぇよ、兄チャン」
派手な髪色に、耳にこれでもかと装飾された無数のピアスたち。
耳元で零された酷く聞き覚えのある声音。
極め付けは、昔から変わらない柔なムスクの香り。
急に腕を背後に引っ張られたかと思えば、今の今まで感じることのなかった体温にドクンと大きく心臓が脈打った。