サイドキック
おかしい、おかしいおかしい。
厭な汗が背中を滲ませる。
その黒が、視界に映る。
さらりと私の視線を奪った漆黒の頭髪。
左右の耳朶を装飾する、シンプルなデザインのシルバーピアス。
やけに整った顔立ち、甘いマスク。
口角を上げて此方をじっと、ただ、ジっと。
射抜くほどの視線だけで私を追い詰めるそいつは、『ついてこい』と言わんばかりに身を翻した。
「ユウキさん……?」
セカイがぐにゃりと形を変えて、私の中を蝕んでいく。
周りで客たちが発する声がどんどん遠くに感じ、それこそ背景と一体になる。
稜さんが零した心配さに塗れる一声もBGMと化し、私の耳に届くことはない。
なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで、なんで――――
カツン、と。パンプスに包まれた足をそのまま繰り出していく。
まるで何かに取り憑かれたように。
ただ一点の黒だけを見詰めて歩を進める私は、きっと誰の目から見ても正常なんかじゃなかった。
「、ユウキさん!!!!」
後ろからぬっと現れた沢山の黒服が稜さんへと向かう中、私は。