サイドキック
記憶の海に沈んでいく。ただ漠然と、その流れに従うように私は深いところまで沈んでいく。
優しい声に導かれるように。その示された方向に沿っていくように。
ゆっくり、ただひたすらゆっくりと。暗闇に覆われていたはずの視界はセピア色の光景をぼんやりと映し出す。
その中に居るのは、幼いころの私。それと―――、
『ほら。もう暗くなるから帰ろう、香弥』
『いやだ!まだいる』
『困ったなあ』
困った、なんて口にしてもその表情は酷く穏やかなものに他ならなくて。
砂場にどっしりと腰を下ろす幼少の私を細めた瞳で見つめたその人は、今ではもう見ることもない笑顔で佇んでいた。
麦わら帽子を首に引っ掛けながら熱心にスコップで砂を掻きまわす私を見て早々に諦めたのか、目線を同じ高さに合わせるように腰を屈めて。
『どれ。じゃあ俺も手伝おうか』
『ほんとー?でも、お父さんヘタクソだからいいや!』
『はは、そんなことないぞー』
濃紺のそれはリクルート調のものにすら見えるくらい、高級感の欠片もなくて。
こんな時代、あったのか。私が成長していくにつれてまるで比例するように、家も大きくなっていっていた気がする。
だから忘れてしまっていた。記憶の彼方へ忘却してしまったのはきっと、目まぐるしく変化を遂げていく家もあの人も見ていたくなくて―――
期待を、捨ててしまおうと決めたから。