サイドキック
* * *
宏也の居なくなった書斎で、くるくると椅子をまわす男は口許を笑みで飾り続ける。
これ以上ないほどの好機がやってきた。彼はそう思った。
『―――……彼女に感謝しないと、なぁ』
視線をおとした先で友人に笑顔を向ける香弥を視界に捉えたまま、ポツリと零した彼は直ぐに卓上で腕を組む。
脳裏に浮かぶのは先ほど宏也に向けて放った言葉。
これを息子が実行してくれさえすれば、あとは俺がコンタクトを取ってやればいい。
"宏也。そのお嬢さんに関してなんだが"
"あ?"
"来年、婚約披露宴と銘打ったパーティが催される"
"は!?なんで──"
"そこで、"
"盛大に。彼女を攫ってしまって欲しい"
これを告げたときの宏也の間抜け面を思い起こした男は、再度腹を抱えて笑い転げる。
さて、これからどう動くか。
まさか宏也がキッカケになってくれるとは思わなかったものの、ずっと思い描いてきた夢が叶いそうだと男は感じた。
時刻は20時27分。既に宵に呑まれた空には星が浮かび、柔な煌めきを放っている。