サイドキック
いつの間にか、爆音を奏でていた心音は信じられないくらい穏やかなものへと変わっていた。
真直ぐに交差した視線を逸らすことはせず、彼女の面影を微かに残した面持ちの男を見つめる。
ただ予想外だったのが、
『それなら、君に頼みたいことがあるんだ』
この空間に姿を現してからずっと固い表情をみせていた社長自身が、見る目明らかに相好を崩してそう言葉にしたことだった。
『………頼み、ですか』
『ああ』
日頃から固い表情のみを貼り付けるその人が見せた悪戯な笑みは、どこか俺の親父に似通っている気がして。
気の所為かもしれない。見間違いかもしれないけれど。
『今あの子は、中央から少し外れた通りに面するビルに連れ込まれているらしい』
『―――……え?』
『宏也くん』
『君の言葉を考える前にまず、あの子を連れ戻してもらっていいかな。その代わり前向きに検討すると約束しよう』
予想外のユウキの居場所に愕然とする俺は、社長が初めて『宏也くん』と呼んだことにも気付くことはなくて。
ただ、その穏やかに細められた瞳が成すものは、常日頃のこの人の出で立ちからはかけ離れた表情だと感じた。