サイドキック
「―――……香弥、」
「ッ」
名前で呼ばれたのなんて、何年ぶりだろう。
最近では意図的にその声さえも遮断していたから、低音が耳朶を撫ぜるたびに懐かしさが沸き起こる。
「………っ、喋るな!」
しかしながらその腹部から流れ出る鮮明なまでに赤い血を視界が捉えた瞬間、自らの脚に巻いていたタイツを乱雑に解いてキツくそこに巻き付ける。
刺さったままのナイフを視線で捉えるたびに、自分の唇を噛みしめた。
「…………なっ……、」
動揺して後退していくニセモノ男は、すぐにヒロヤに羽交い絞めにされたらしく一切の行動を封じられる。
でも正直そっちに意識を逸らしている暇なんかなくて、
「……香弥…」
「喋るなって言ってるっ、」
「こうして、話すのも……何年ぶりだろう、な」
意図せずとも流れてくるモノが頬を伝い、そのまま地面に落下していく。
まさか、こんなふうに身を挺して庇ってくれるなんて思わなかった。
もう、私なんか生きてても死んでても同じだと。そう、思っていたから。
「…………駄目な親父で、ごめんな、香弥」
そんなふうに穏やかな声音で言葉を紡がれるたびに、今まで氷のように固まってしまっていた感情が。
父に対する気持ちが、ゆっくりと溶かされていくのを感じてしまって。