サイドキック
渡してはいた。でも、人づてに。
婚約話を持ち掛けた。それも、人づてに。
「嫌なら嫌だって、言ってくれたら俺だって、さ」
無理強いするつもりは更々なかった。
もしも娘が―――香弥が好きだと言える男が居るのなら、そいつを直接見てやってもいいと思っていた。
しかしながら、長年の歳月を経てガッチリと刻み込まれた溝は親子の会話を拒んだ。
誤解が生まれ、疑心を抱き、心底相手を嫌悪する。
香弥本人がそのループの犠牲になっていたことは分かっていた筈なのに、娘への接し方すらも忘れてしまった昭人はただ黙って静観することしか。
――――あの子が自分から離れていく様を、客観的とも言えるほど静かに見つめることしか出来なかった。
「でも、ま」
明らかに表情を曇らせていく昭人を横目で一瞥した佳宏は、遮るように言葉をおとしたものの助勢するつもりは更々なかった。
「その相手が俺の息子だってのは、驚きだったけどな。俺にとっても、お前にとっても」
ただ、事実を言葉として音にすることだけが目的だったから。
不思議とその声音は二人の間にふわりと浮上し、余韻として暫しとどまっていて。
話の合間に取り出したらしい佳宏の手元にある煙草から、ゆるりと紫煙が静かに立ち上っていく。