サイドキック
「―――化粧してんの久々に見た」
「……入院してたし」
「綺麗じゃん。やっぱ似合う」
――――ドキッ
そんなに真剣味を帯びた瞳で見下ろさないで欲しい。いつも通りにチャラけた感じで茶化してくれたら、こんなに緊張しないのに。
ドキドキと早鐘を打ち続ける心臓が煩過ぎて、嫌でも認識してしまう。コイツは男だ。
そんな奴の瞳を直視できない私は俯くように視線を下げると、もどかしさに慌てる唇をぎゅっと引き結んだりして。
下ろしたままの栗色の長髪に、長い指が差し込まれた感覚をおぼえる。
恥ずかし過ぎて俯いた顔を上げられずに、床を見つめたままの私。
既に僅かしか残されていなかった距離すらも取り払うように、頭部に差し込んだ手でグイッと自分のほうへと引き寄せるヒロヤ。
「! ちょっ、」
「香弥ちゃんやべー、可愛すぎ」
「かわいくない」
「可愛い」
「……かわいくないって……」
頬がヒロヤの胸板にくっ付いている。そこから聞き取れる、奴の心臓の音。
それに安堵するように息を吐き出していれば、クスリと微笑がこぼされたことで私は顔を上げることになる。
サ
イ
ド
キ
ッ
ク
「なに笑って――、」
「はいアウトー。ヒロヤくんの理性崩壊しました」
崩しきった相好で、爽やか過ぎる笑みを浮かべた男は顔を斜めに傾ける。
それが意味することなんて、一つしかないと分かってはいたけれど。
「馬鹿じゃないの」
もう私がそれを拒む理由なんて、何ひとつ残されていないから。
―END―