サイドキック





事の発端は数日前。と言うか、私自身気付くのが遅すぎた。

今は便利なアプリが沢山あるから。……なんて言うのも詰まる所言い訳に過ぎなくて、ふと思った瞬間に確かめてみたら愕然としてしまった訳で。



生理がきていない。一ヶ月近く遅れている、と思う。

ヒロヤに言うのは憚られた。まだ確証がある訳じゃないのに心配を伝染させるのは違うと思ったから。



「…………」




案内してもらった質素なソファーに腰掛け、溜め息にも似た息を吐き出すと頭を抱え込んだ。

母親にも言っていない。彼女に言ったら、私以上に動揺してしまいそうだし。

仕事に忙殺されている父に言うのにも躊躇いが生じた。たぶん、私が長い間入院していたから付き添ってくれていた父は仕事が溜まっているのだと思う。

そう考えたら、ますます口にできなくなった。





瞼を閉じると、脳裏に浮上するあいつ。黒髪で、元は私のだったシルバーピアスを耳朶に飾って切れ長の瞳を細めてみせるそいつ。

……余程それまで我慢していたんだろう、あの晩俗に言う「貫通式」を終えたあとヒロヤはバカになった。

いや、うん、そうじゃなくて。思わず馬鹿なんじゃないの、と突っ込みたくなるほど情事に誘われたから。





ヒロヤと私は婚約しているから。

今私が妊娠したとして、きっと奴は「おろせ」なんて言わない……と、思う。人の心は解らないから確信は持てないけれど。

心配要素はそこじゃなくて。もう既に会見で公表してしまった式の日付とか。

まだ籍を入れていないからこの場合「デキ婚」になるんじゃないか、とか。



そういう風に捉えられてしまったら将来父たちを継ぐであろうヒロヤのことを悪く言う人が出てくるんじゃないか、とか。

考え出したらキリが無くて。




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