サイドキック
* * *
ガチャリ、オートロックで鉄製の扉に鍵を差し込み開ける。
もうすっかり住み慣れた場所。ヒロヤと私の家。
まだ夜の帳が下りる時刻では無いから、奴は確実に居ないものと思っていた。
だから電気も点いていない筈で、……って、あれ。
私もしかして、玄関の電気消し忘れた?どんだけ気が動転してたんだろ―――
「よぉ?どこほっつき歩いてたんだよ?」
「ッ」
――……って!!
靴を脱ごうとして扉と向き合っていた刹那のこと。
前触れ無く耳孔を深く擽った低音に、飛び上がるほど一驚を喫した訳で。
靴を履いたままなことも忘れ、吹き込まれた息から逃げるように耳元を隻手で覆った私は振り向きざまに勢いよく後ずさる。
そんな此方の反応がどうやらお気に召したらしい漆黒のその男は、ニヤリと口角を上げるなり屈んでいた体勢を立て直してきて。
堪ったもんじゃない!
既に僅かしか隔たれていないその距離を詰められたらどうなるかなんて言うまでも無いし、私は今お前と遊んでやる余裕なんか無いし!
こんなに心臓をフル稼働させてしまったら腹の子に障るんじゃないかと危ぶんだけれど、目下の課題はこの男をどうにかすることだ!
だから「来るんじゃねぇ」と威嚇しつつ、渾身の睨みで奴を射竦めるものの。
「効かねぇっつってんだろ?香弥チャンよぉ」
小馬鹿にしたような笑みを湛えてその長い脚を動かされてしまっては、こんな距離もう無いに等しい訳で。
それでも抵抗を諦めきれない私は奴の足下を掬ってやろうと腰を屈め―――ようとしたけれど。
自らの身体に別の命が宿っていることを考えたら、できなかった。