サイドキック
* * *
チッチ、と。時計が奏でる微かな音が鼓膜を柔に刺激してきて、瞼をゆっくり持ち上げていく。
探るように視線を室内に伸ばせば、聞こえてくるのはリビングにあるテレビの音で。
自らの状況を確認してみると、どうやら眠ってしまっていたらしく。
珍しく懐かしい夢を見た。過去のヒロヤと私の姿が、瞼の裏にありありと存在を主張していて。
上体を起こすのと同時に、ヒラリと床に吸い込まれたのは見覚えのある写真。
つい数時間前に産婦人科医の先生から貰ったエコー写真に他ならない。
それを手に取り、ベッドから抜け出そうとすれば自らの身体に掛けられたタオルケットの存在を認めた。
これは私のじゃないから、多分……。
ふわりと鼻腔を擽るムスクの香りが確信を突き付けてきて、穏やかに和いでゆく心情の舵を取る。
暗闇の中に薄らと浮かび上がるリビングへの入口。
大事な写真を手に向かうのは、その場所に居るであろうあの男のもとで。
「―――……宏也」
名を口にしたその瞬間、今までの「ヒロヤ」が泡になって消えた気がした。
今も昔も私にとって大事な男。
かつて背中を預けていたブリーチ髪のその男は、
何年かの歳月を経て再会したときはミルクティーの髪色になっていて、
婚約して――…結婚を間近に控えた今は昔の私のように漆黒の其れに落ち着いていて。
「あれ起きた?おはよー、香弥ちゃん」
「……もう夜だけど」
「起きてきたやつには"おはよう"がテッパンなんですー」
「………。 タオルケット、ありがとう」
「眠そうな面しやがって。つーか素直すぎね?俺的には嬉しいけどよ」