サイドキック
必死な面持ちで頼み込む私に堪え切れない笑みを浮かべる宏也は、ササッと画面操作し終えてそれをテーブルの上に置いた。
尚もクッションを抱きしめる私は、今度は猫のことで頭が飽和状態で。
だから奴の顔が至近距離まで近づいていたことに気付くのにも、大幅な遅れが生じてしまった訳で。
「わ、ッ!ち、か……!」
「ホンットいくら経ってもウブだよな。もうヤることヤってんのに――」
「沈めるぞテメェ」
「おいおい待てって、口調戻ってるぜ?香弥ちゃーん」
「そう言いながら近付いてくるんじゃねぇよ!」
「じゃあまず口調を直そうな?"お願い、近付かないで!"って言えたら離れてやるよ」
「おね、……!何言わすんだてめぇッ」
真っ赤になって反論する私なんて何処吹く風。飄々たる態度で更に距離を縮め始める宏也相手に、本格的に狼狽する私。
唇同士が触れる直前のこと。絡んだ視線の先で妖艶にも瞳を細める宏也を見て、又もや早鐘を打ち始める心臓にあたふたして。
「何か言い残したことは?」
「………」
「はいブー、時間切れ」
間髪を容れずにおとされた唇から痺れが、体温が、宏也の全てが伝染していく。
あんな至近距離で私が口を開けないことを知っていて聞くんだから、たちが悪い。言える訳ないじゃないか。
身体全体を包むムスクに身を委ねながら、余りの快楽に全身の力までもが抜け落ちてきてしまって。
―――……これから先の未来のこと。
「小宮山宏也」としての、この男を心底大事にしていこうと思って。
素性の知れない「ヒロヤ」じゃなく、その背後を取り巻く全てを理解した上で。
理解して、受け入れて、互いの思いを共有して。
私が唯一好きだと言えるのは、宏也ただ一人だと胸を張って言えるから。
あらゆる柵《しがらみ》から、その背と宿った新しい命を護ってみせる。
―END―