サイドキック
「――――、……ッ」
ギリッと奥歯を噛み締めて視線を泳がせた。
反論出来なかった訳じゃない。しかしながらこの近過ぎる距離に起因して口を開くことに戸惑いが生じた。
瞳を滾らせて言外に「離せ」と伝えるものの、此方が焦れば焦るだけヒロヤが口角を上げるだけで。
共有する熱と近過ぎる間隔はどこまでも私の心音スピードを引き上げていく。
「―――ギブっつったら離してやるけど?」
「死んでも言わねぇ」
「おーおー、強情なこった」
そこでもう一つ、飛び切り凄艶な笑みで口許を飾ったオトコは囁きを落とす。
「じゃあユウキ。テメェの貞操守りたかったら俺の言うとおりにしろ」
――――――――――――…
頬を掠めていく風がそのまま長く伸びた髪を攫っていく。
向かっ腹を立てたままの私は顔を顰めて、不本意ながら目の前の男の腹部に腕をまわしていた。
「(苛々して死にそう)」
なんの躊躇いもなく"ダチ"をそういう眼で見れるこのオトコにも、直ぐに距離を詰めてきたあの腕を簡単に振り払えた筈の自分にも。
どうして昔みたいに、直ぐに振り払わなかったのだろう。
自分のことなのにてんで分からなくて。