水槽日

放課後になった。

誰もいなくなった教室で、一人本を片手にうたた寝。

また理科室前に行けば、あのピアノの音聞けるかな。

わざわざ音楽室に行くのも気が引けるし。

…私が人見知りだってせいもあるけど。


本をスクールバッグにしまい、手ぶらで理科室前に足を運んだ。

水槽の前で足を止め、泳ぐ2匹の金魚を見つめる。


「今日もピアノの音、するかな」


けど

待っていても、ピアノのメロディが聞こえてくることはなかった。

結局、部活終了時間まで流れることはなく

金曜日も、月曜日も、火曜日も。

行ってみたけれど、あの繊細なピアノが聞こえてくることはなかった。


水曜日の放課後。


「いつも待たせてごめんね、じゃあ行ってきます」


大きく手を振って部活用のカバンを背負い、夏子ちゃんは部活へ行った。

…今日は諦めて大人しく本でも読んでようかな。

そう思い、机から本を出した時。


「あ、まだ人いたんだ」


「え…」


声がした方に目を向けると、ドアの前に太陽くんが。

さらさらの金髪を揺らし、可愛らしい八重歯を覗かせ笑う。


「広瀬、なんでいるの?」


彼は自分のロッカーに向かいながら、話しかけてきた。

名前、覚えててくれてるんだ。


「友達を、待ってて…」


「ふーん、あ。櫻井?」


「そう、です」


「っふ、なんで敬語?」


「いや別に…」


クスッと笑った顔まで、とっても綺麗だ。

人気者の彼が、話しかけてくれている。

ど、どうしよう…なんか緊張してきた。


けど彼はロッカーからファイルを取り出すと、すぐに行ってしまった。

ピューッと来て、ピューッといなくなっちゃったなぁ。

そう思ったら、行ったはずの太陽くんが後ろのドアからピョコッと顔を出した。


「バイバイ!」


「あ!さ、さよなら!」


慌てて返事をすれば満足げに笑って、走って行ってしまった。

かっこよかったなぁ、太陽くん…。

わざわざ挨拶するために、戻ってきてくれたんだよね。

優しい、のかな。


その時。


ピアノの音が、聞こえてきた。


席を立ち、窓の外を見てみる。

聞こえてきたのは、ショパンの別れの曲。

綺麗な音。

やっぱり、音楽室からだよね。

教室からでも聞こえるんだ。

でもやっぱり…。
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