君が幸せなら、それでいい。
「これを見て日本の神話をちゃんと知っておくこと。それじゃあ、今日の授業はここまで。次は小テストを行うから予習は忘れずに!」

「気を付け、礼。」

号令とともにありがとうございました、という声が教室に響いた。
僕はふと凛に目を向けた。
凛は先生から配れたプリントをじっと見つめている。
一体何がそんなに気になるのだろうか。

「何見てるんだ?」

隣から葵に話しかけられ、僕は凛から目を逸らした。

「別になにも。」

「嘘つけ。武井さんを見てただろ!」

それが図星だったため、僕は何も言い返せず、少しだけ言葉を濁す。

「なんか気になることでもあんのか?」

「あのプリント、ずっと見てるなって。」

なんだそんな事か、とでも言いたげな葵の目に、僕は少しふてくされる。
別に葵に同情をもらいたいわけでもない。
ただ、勝手に聞いてきたから答えただけだ。
でも、呆れたようなその目をされ、僕はほんの少しムカッと来てしまった。

「そんなに気になるなら聞いてくれば?」

ちょっと遠慮げに話しかけてきた葵。
それもそうだと思い、僕は凛の席に近づいた。

「凛、何見てるの?」

「わあ、びっくりした!」

いきなり声をかけられ驚いた凛は大げさに体を揺らす。
そしてまたプリントに目を向ける。
僕は凛の目線の先を探したが、凛が何にそんなに惹かれているのかが、やはり分からなかった。

「ねえ、優ちゃん。ペガサスって知ってる?」

「あの、馬みたいなやつ?」

凛はプリントに書かれているペガサスを指さしていて、何を見ていたのかやっと理解することが出来た。

「うん。ペガサスってさ、不死身らしいんだ。」

「それがどうかしたの?」

「不死身ってどう思う?私はね、たとえ明日死ぬと分かって、不死身になるか死ぬかって言われても、多分不死身を選ばない。」

凛が語り出したペガサスについて。でも、僕にはなんて言葉を返せばいいか分からなかった。

「優ちゃんはどっちを選ぶ?」

「え、そうだなあ…僕は多分、死ぬことを選ぶと思う。だって、一緒に生きてきた人が死ぬところを見るのは、きっと何よりも辛いと思うから。」

僕なりに頑張って答えを出してみたが、凛の反応はイマイチだった。だったらなんで僕に聞いたんだってつっこみたくなる。

「私はね、運命だと思ってる。死って言うのは誰もが避けて通れない道だから、そうやって道を変えちゃえば、出会った人たちとの思い出とか、これから出会う人たちとか、なんか全部変わっちゃう気がするの。そういうのってなんか怖い。」

「凛、なんかあった?」

いつもと少し違う凛。僕は躊躇いながら聞く。

「何も無いよ!ただ、この前読んだ小説にそういうことが書いてあったから自分なりに考えてみたの!」

「凛が小説?漫画の間違いじゃなくて?」

「もーひどい!遙ちゃんは私をなんだと思ってるの!」

いつも通りのテンションに戻った凛は何一つ変わらない笑顔をしていた。
ああいう真剣な凛はあまり見たことがなかったが、前に進路について話した時、こういう事があったのを思い出す。
凛はいつだって前向きで何事にも必死な女の子だ。だから、こうやって真剣に考えることもきっと普通だったのだろう。
ただ見慣れないだけだった。
僕は自分が深く考えすぎていることに気づいた。
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