諸々ファンタジー5作品
獏でありジンマ・・





父は力を持たないアヤカシでもなく、孤独な死を選ぶどころか……神仕えの母と。
鵺を好きになってしまったのは。その気持ちは。間違っているのかな。


「告美、あなたの母親は生きている時に幸せそうだった?」


視線を落としていた私は、猫塚先生の質問に顔を上げる。


「私の記憶は操作されているのかな。母は、幸せそうに見えた。私の思い出も。」

「ほんなら、えぇんちゃうんかなぁ。しゃぁないやろ。」


仕方のない事。

アヤカシも好きになってしまった気持ちは、どうしようもない。
本当に?それは引き留めることが出来る時期があるのなら。

結局、私は自分の事ばかり。
一翔に会いたい。

手に握る球体。
自分の体温なのか、冷たいはずなのに熱を感じる。


「告美、それが何なのか知っているみたいね。」


何故か、手にしている物について後ろめたさのような感情。不安に似ている。
確かに不吉を含んだ悪夢なのだろうから、当然の事。

内心の焦りは、自分が理解できない他の感情を生み出していた。


「これは悪夢。……一翔と初めて会った日、私は不吉の萌しを夢で視ていた。その萌しが私にとって悪夢だったと、獏の一翔は奪い……同じ球体に封じて私に見せた事がある。」


自分なりに要約してみたけど、彼女たちの知りたい事が他にあるなら、更に質問してくれるだろう。


「それって、告美が前に、私に見えるか訊いたやつなん?」


私は頷く。

一翔の周りを浮遊していたのと同じだとすれば。
獏の能力。母はこれを、一翔か同じ能力のアヤカシから受け取った事になる。


「一翔は悪夢を喰み、風船ガムを膨らませるようにコレを作った。」


彼に会いたい気持ちが抑えられない。それが、この悪夢を知るためではないのだと自覚する。
私は不純な動機で。

違う。逃げ道を探しているのかもしれない。
思考は複雑な感情にかき乱され、何を口走るのか。


「私から奪った悪夢を、一翔も視たのだと言って……喰んだ残りを私に返した。」


偽る事の出来ない想い。きっと、二人には隠せない。


「教えて欲しい。父の事より、私は一翔の事が気になっているの。一翔は。」


感情に任せて涙が溢れ、言葉が連なっていたのに。

一気に冷めるような感覚。
彼は獏であり、ジンマだと名乗っていた。それが何を意味するのか。

私は口元を押さえ、手に持っていた球体を机の上に落としてしまった。
それは転がって、中央部で止まる。


「告美、気分でも悪いん?」

「ヒカギリ。空気読まないのは、あなたの方が酷いわね。察してあげなさいよ。」


猫塚先生は立ち上がり、私に近づいて、頭を胸元に引き寄せた。


「今は、その気持ちを大事になさい。貴重な想いというのは、状況で変わるものではないから。」


“死神”と言われても、不吉を告げる鵺であったとしても。優しさを持つアヤカシ。

まだ知らない一翔の全て、父の真意。
信じてみよう。


「一翔が奪った悪夢は、私が視た萌しと実際の事が変わったと言っていた。これが、どれ程の未知数なのかは分からないけれど。母から預かった悪夢を知るには、彼の獏としての能力が必要だと思う。」


先生は、私から離れて頭を優しく撫でた。

冷静になれた気がする。
ゆっくり立ち上がって、私は机の上に転がった悪夢に手を伸ばして掴んだ。


「空馬先輩に会って、どうするか。告美は考えとん?」


会ってどうするか。
光莉の声は穏やかで、心配してくれているのが分かる。


「何も考えていない。素直に、これを見せるだけでいいような気がするの。安易よね。」


会いたい願望に、都合の良い事ばかり。
これが私たちを引き合わせてくれるような予感、そんな甘い事を。


「私の神域に近づいて来たくらいだもの。向こうは、告美に用があるでしょう?」


保健室から出て、一翔は私に近づいてきた。それも心配を装って。
私に何らかの用件があるのは確か。


「空馬先輩は天邪鬼でええんちゃうか。」


不機嫌な光莉。
それに対して猫塚先生は、ため息。


「拗ねるとか止めてよね。面倒くさいのが増えるから。」


問題は何も解決していない。
寧ろ疑問が増えていく。不安も。それなのに想いが私を急かすのは。


「光莉(ヒカギリ)、告美(ぬえ)……私が手伝ってあげるんだから、邪魔しないでよね。」


ツンデレな大人って、何だか可愛く思える。
それだけ“死神”は孤独に生きてきたのかな。


「猫塚先生、何か考えがあるんですか?」

「幾つかね。だけど覚えておいて。あなたを利用して、私はあなたから大事な物を奪う。」


それは父と母に関する事。

父はいつから眠っていたんだろうか。
日常生活に、父が係わった記憶がない。一緒に生活していたと思っていたはずなのに。
亡くなった母に、アヤカシの姿とは言え会えただけで嬉しかった。


「先生は猫又としての役目があるのなら、それを全うしてください。」


父の真意は分からないけれど、誰にも渡さないと言ってくれて……
ん?それって、家族としてだよね。あれ?何だろう、このスッキリしない感情は。


「告美は、本当(ほんま)に色んなもんに好かれるなぁ。」


光莉は無表情で首を傾げた。
彼女の感情が読めなくて、ますます複雑な思い。


「告美。私と光莉は、あなたとは異なる方法で先を視ている。それは減退によって覆る可能性が高く、萌しより曖昧なの。」


猫塚先生の小さな声が、不安を煽る様で弱気になってしまいそう。
周りに頼ってばかりでは駄目だよね。もっと自分に出来る事を探そう。


「囮(おとり)に、彼を使おうと思っとんやけど。」


私の決意を口にする前に、光莉は立ち上がって、携帯で連絡を取り始める。

囮?
私の代わりになるような“彼”って、まさか。


「近くに居るやろ。知っとんじょ。私の神域やけん、入れる。早う来な。」


光莉の神域に入れる様な仲。
まさか。



数分もせず、涙目の彼が登場した。
予想通りの屈狸 茅草(くずり ちがや)くん。また草を探していたのかな。


「光莉さん、本当は僕の事……下僕にしか思ってないんですよね?」


涙が溢れて、零れ続けるのに可愛いなんて。男の子にしておくのが惜しいな。
だけど、私の囮には無理があるよね。ある意味、修羅場なのに冷静な自分がいる。


「くだらないわぁ。配下に、こんな愚痴を言わせるなんて。」

「化け猫は黙っとき。……茅草、私はあんたが好きなんじょ。何で、信じてくれへんの?」


屈狸くんを囮にしようとしている時点で、私なら疑ってもしょうがないかと。
光莉は不器用なのかな。
私も恋愛面では、言える立場じゃないけれど。周りから見ているから、冷静なのかもしれない。


「本当ですか?僕だって、噛まれたから好きな訳じゃないです。配下だからでもないし。」


最初に光莉が屈狸くんを噛んだ時は、私も驚いたけど。二人の想いは主従関係に左右されず、少し安心した。
光莉は屈狸くんを慰めるように抱き寄せ、首元にガブリ。

……え?


「何で、噛むんですか?」


だよね、本人が驚くんだもん。ビックリしたのは私だけじゃない。
そう思い、先生に目を向けると。


「愛情表現を下僕が理解してないなんて、まだまだよ。」


ため息交じりに答える。
アヤカシの愛情って難しい。父の愛情も量れない。

自分の想いは普通なんだろうか。そして、彼は。
獏でありジンマ・・





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