諸々ファンタジー5作品
吉凶は夢に萌す・・





一翔の告げる事が本当なら、私の見る夢は全て悪夢と言うことになる。
だけど。私が視るのは吉凶の萌し。縁起の良し悪し。


「お父さん、きっと彼は私の良い夢にも手を出してしまったのよ。本来、獏が喰らうのは悪夢……彼の翼が漆黒に染まったのは、どんな方法でも使って手に入れたいと言った通り。……教えて欲しい。彼の父親が理に反して、何を行ったのか。」


夢で一翔と対峙して、何か私に出来る事があるのであれば知りたい。


「私が説明するけん訊いてもえぇかな、告美。あんた、空馬先輩を止められる自信でもあるん?」


一翔を止める自信。曖昧だけど、今までの会話で何かのヒントがあるような気がする。
私の伝えた想いでは、彼を説得するには足りない。欠けた情報が、それを補ってくれるような。


「駄目なら、共に消える。」


彼が私を手に入れたいと望んでいるのが、本当なら。それも可能だろう。
私には死ぬ覚悟があった。彼に命を奪われるとしても、気持ちは揺るがない。


「……空馬先輩の父親は、ペガサスじゃ。“この国”のアヤカシや無い。“この国”は人間との共存を選び、減退を余儀なくされた。それが“この国”の理。でも他所の国は違(ちゃ)う。それを分かっていながら獏を配下に置いて、空馬先輩を捨てたんじゃ。」


あんな高級マンションの最上階。広い家に彼は独り。
減退してこなかった国のアヤカシが、獏とペガサスの能力を持った一翔を生み出した。


「彼が天馬(てんま)なら、本来は白い翼のはずなのに。獏として、食べてはならない瑞夢(ずいむ)を取り入れ、漆黒に染まった。……何故、それを一翔が選んだのか。ジンマと名乗った時点では、もう……」


私の視た悪夢は、彼にどれ程の影響を与えたのかな。


「アヤカシの登録では、空馬先輩は父方のペガサスの能力だったはずじゃ。獏の力が目覚めたんも最近で、告美の悪夢が呼び寄せたんかもしれん。」


そう言えば。
一翔は私の視た夢を球体にした時、やった事がないと言っていた。


「もしかすると、彼女は知っていたのかもしれない。息子に、獏の能力が受け継がれたことを。だから私に、悪夢を球体として持っている様にと告げた。」


猫塚先生の傍らに青白い炎が広がって、現れたのは鵺姿の母。
その近くに父が走り寄り、人型になって母を抱き寄せた。理に反しても想いは純粋。

人間の社会に入り交じるためとはいえ、気持ちを犠牲にしてまで理を大切にしなければならないのだろうか。
それが役目だと自分に言い聞かせる事も、抱いた気持ちを偽ることも出来ない程に。

惹かれるのは当然。彼は本来、国は違うけれど神仕え。


「全てが絡んだ歯車。どんなに心配しても、手を尽くすとしても。行く先は、本人たちにしか答えが出せれん。……告美、来な。家(うちんく)で、“今日は”泊まればえぇ。夢で、空馬先輩と会うんやろ?」


家を失った私。今後は、どうなるのかも分からない。
自分の先は視えないし、誰かの未来を萌すとしても、一翔が奪うのなら。

取り返すのみ!
また、夢を奪還するところから始めましょう。



夢の中。
暗闇に翼を広げて、徐々に明るくなっていく。

目前には一翔。翼のない姿。
私の頬に両手を添えて、穏やかに微笑んだ。


「吉凶は夢に萌す。」


その言葉と同時で、一瞬にして闇は消え、真っ白な世界に変わる。
そこに現れた一翔は、漆黒の翼を広げた。


「随分、君の周りに厳重な神域が幾重も巡らされていたけれど。無駄な事をするよね、本当に。」


皆の行動が気になるのか上方を見つめて、ため息を吐いた。


「これから、どうするの?邪魔が入らない場所で話をするにしても、私は何も知らない。何も出来ないかもしれない。……あなたが私を殺す未来が覆ったのだとすれば。」


どこか自信があった。父が何度か視た未来は、どうしても先が変わらないと言っていたけれど。
私が視た未来には、優しい微笑みを向ける一翔が居た。

彼の眼は鋭く、寂しさの伝わるような冷たさ。


「手に入らないなら殺すよ。……君の視た悪夢が、この未来に俺を導いたのだから。」


私が告げた想いは、心に届かなかったのかな。
どうすれば信じてくれるのか、私には分からない。きっと彼自身も迷っているのだろう。


「あなたが奪ったのだから。未来が変わる前の吉凶、私が視た夢を教えて欲しい。」


何故、未来が変わってしまったのか。原因が分かるかもしれない。


「鏡のアヤカシが君に攻撃した時点で、未来は変わっていたんだよ。予知夢では、駆け付けた俺に君が抱いたのは嫌悪感。手に入れたくて必死な俺が、告美に何をしたのかを考えれば当然だろうね。君は鏡のアヤカシを選んで、俺から逃れようと手を伸ばした。芽生えた殺意。自分の欲しい物が得られないなら奪ってしまおうと。貪欲な心は翼を漆黒に染めて、君の命を安易に奪うはずだったのに。」

「父が一翔から私を護る為に配下に置いたことが、姫鏡くんの恐怖となって表れた。彼は一翔から真相を読み取り、未来は変わってしまったと言っていた。……あなたの翼が漆黒に染まったのは、いつなの?」


本来なら、私を殺す未来が変わったとすれば、神仕えのまま白い翼であるはず。


「告美の命を奪って悪に染まるぐらいなら、変わらない未来を受け入れて、力を最大限に利用するつもりで……君の夢を全て喰らった。」


悪夢ではないのに、食べてはならないと知っていながら私の夢を食べてしまった。
未来は何を示していただろうか。私の命が続くなら。


「この国の理は一翔に、どれ程の影響力があるかしら。光莉は一翔の父親が、あなたを捨てたと言っていたけれど。他の国で減退も無い力を引き継いだ一翔が、今のように監視下にあるとしても、誰かが留める事なんて出来ないよね。」


前例がないだけで、結論は出ているのかもしれない。


「捨てたとは、俺は思わないかな。あいつの国にあるのは、善と悪。この国は人間に存在を左右されるけれど、向こうでは俺達の様な存在が人間を堕落させ、ある時には賢明な道を悟らせる。自由に生きてきた父親にとって、この国は窮屈だろうね。俺は母と悠々自適に暮せて、何の不足もなかったけど。」


理はあってないようなもの。結局、理って何だろう。
この国の人間に縛られるように、減退を繰り返しながら役目を果たしてきたけれど。

私の父は母の命を留め、猫塚先生の配下にあるとは言え現状を保つ。

一翔の父親が、この国の理に従わないで自由な国で生きているなら。
国の異なるアヤカシの間に生まれた一翔は、この国での登録が空馬(ペガサス)。

それならジンマは。


「ねぇ、ジンマって神(かみ)に馬(うま)って書くんじゃないかな。」


神仕えなら、そうだよね。翼が漆黒に染まったとしても。


「俺は神仕えに相応しくない。」


一翔は翼を閉じて、私に背を向けた。


「誰が決めたの。それは、この国の理?それても異国?」


彼の迷いや心に左右されているのか、漆黒に染まっていた翼の色が徐々に抜けて、淡い色へと変化していく。


「人間の善悪を左右する存在で有れば、自分を変えることも容易いはず。」


体の向きを私の方に戻し、一翔は泣きそうな表情で問う。
彼の翼は一片の曇りなどない程、純白に輝いているのに。


「君は、俺を許してくれるのか?」

「ふふ。許さないわ、私の唇を奪ったのだから責任を取ってもらわないとね。」

一翔を受け入れようと、私は両手を広げた。


「そっか。じゃ、遠慮なく。」


さっきまでの沈んだ表情が嘘のように、余裕の笑顔。
そして既視感のある重みが、生身の方に圧し掛かる。


「嘘でしょ?」


引き上げられるようにして目覚めた私の上に被さり、胸元に顔を埋め、幸せそうな笑顔の一翔。

感じる視線に気づき、驚いた私は抵抗を開始。
父と母、光莉と猫塚先生が寝ていたベッドの周りに黙って立っている。

重圧の様な神域に私は目が回りそうだ。
一翔は拗ね気味で体を起こしたかと思えば、私を抱きかかえる。


「告美は俺の配下に入れるので、連れて行きますね。」


え?
状況の読めない私を放置して、進んでいく会話。


「あぁ。俺は配下に入って、家もないからなぁ。」

「私は存在していないようなものだから。」

「年寄りの説得は私なのよ。幸せにならないと許さないから。」

「なんじゃぁ。別に家(うちんく)におってもえぇのになぁ。告美が幸せなら、しゃあないか。」


そんな見送りモードに、一翔は礼儀正しくお辞儀。ちょっと流されている自分。
景色は一瞬で変わり、暗闇に転移した。



慣れない目で、急に体から手が離れて落ちる感覚。軽いパニック。
体が沈んだのは柔らかい布の上。

手に触れる感触に既視感。
さっきまで寝ていたベッドに近いけど。


「眠らずに、良い夢を見せてやるよ。」


うっすらと見える景色。
一翔の目は真剣で、じりじりと距離をつめてくる。


「今日から、告美は俺の配下だ。」


両手を私の頬に当て、顔の距離を縮めて目を閉じていく。
もう、何が何だか分からないまま。

今味わっているのは重なる唇に、甘い配下。



『先を視るお前が怖い』

そうね、だけど未来は覆るわ。
私は鵺。縁起の良し悪しを夢に視て、未来を覆して欲しいと願い、告げるのは不吉のみ。
その役目は変わらない。

これからも、あなたの配下で……

「吉凶は夢に萌す・・」





END
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