諸々ファンタジー5作品
『変身』
決まった時間にログアウトしていたからか、いつも寝ている時間が近づくと、ログアウトを促す選択画面へと切り替わった。
明日、学校があるのは“彼”も同じ。
声がサイト関係者のものであるなら、同じ年代の男の子。年上か、同い年……多分、年上ではない気がする。
ヌイグルミを落とした階段は、同学年の使用する道だから。
夢を見る。
それは、音のある世界。
高音のバイオリンが心に沁みるような音。揺れる水面をイメージする闇が足元に漂う。自分の位置するのが光で、望んだ闇に入るのを戸惑う恐怖。
矛盾した自分が理解できなくて、ただ立ち尽くした。
注がれる光に目を開けると、朝日なのだと理解する。部屋は静かで、時計の秒針の音が響いた。
机の上には、雪だるまのヌイグルミ。それを手に取り、あの日と同様……抱きしめる。
あの時、力が入らなくて、悲しみと動揺と、震える声が記憶にある。
晴は、私に背を向けた。その時、いつもの笑顔ではないけれど、微笑んだような気がする。
幼馴染。幼い時から、一緒に遊んだ。時に集団で、家族と一緒に出掛けたこともある。
手をつなぎ、微笑み、喧嘩をして、叩いて、謝り……そんな事を何度も繰り返した。それでも周りの評価は仲良し。
どこで変わった?
私の幼い恋心が、周りに分かるほどだったとすれば、晴に迷惑を掛けたのかな?それとも、私なんか目に入らないほど木口さんに恋をした?
付き合う様になって月日が過ぎた。私には分からない事。
晴の通学時間も把握済み。それを避ければ、確実に会うことはない。この間、階段で会うなんて……珍しい事。
そうだよね、私が知っているのは晴の行動パターン。木口さんの事など知らない。
……“彼”は、私の事を、どれほど知っているのだろうか。就寝時間と、入力した個人情報。そして、あの日の出来事。ほんの少しの情報。
彼の望んだのは一時的な“ヒロイン”。
「未來?今日も考え事を、ずっとしているみたいだけど、また熱が出るよ。」
冷たい手が額に触れ、覗き込むような視線の晴。
目の前にある光景に、頭が真っ白になった。思わず身を引いて、触れている手から距離を取る。
「大丈夫!ありがとう、ごめんね。」
周りを見て、自分の状況を確認。
気が付けば、昼食も終え、掃除時間で外に居た。いつのまにか持っていたホウキを、晴が片付けてくれる。
皆で教室に戻る数人の後姿を見ながら、晴の隣を歩いた。
戸惑う。
昔から、常に長い時間一緒にいた。自分の場所だった所が、むず痒いような恥ずかしさで居心地悪い。
久々だからではなく、居るべき場所ではないから。ここは、晴の彼女が立つ定位置になってしまった。
少し歩みを遅らせ、広げる距離。
それに安堵するなんて、悲しいような、何とも言い表せない複雑な感情。
斜め後ろから、晴の表情を見つめた。
良く分からない。今までに見たことのない角度で、感情も読み取ることは出来ない。
晴……
心で呼んだはずなのに、振り返り……笑顔。
切なさと懐かしさと、許されたような心の軽さ。欠けた何かが見つかったように、満ちて溢れ、そして消える。
儚い甘さ。滲むような闇が自分を侵食していくようだ。
……音……まただ。
現実の世界、バイオリンの音が遠くで奏でる曲。あの時と同じ、愛の歌。
私は足を止め、晴の後姿から目を逸らして空を見上げた。響く音……
教室に戻った私は、自分の一日に驚嘆した。
何気ない日常を繰り返すと、時間も経つのが早く、授業のノートも習慣的に取れている。
これで、テストが良いかと言えば別の話。理不尽だと思ってしまう。
無駄なものは無いと思いたい。苦しい時間や悲しい想い。きっと自分の糧になると、信じて立ち向かえる事が出来たなら成長。
習慣的な時間、夜9時過ぎ。
PCは自動で、『独創サイト』に強制的なログイン。画面には、私と同じ姿のアバター。
『ヒロインよ。一緒に冒険へ行きませんか?』
疑問形の文面だけど、どう考えても強制だよね。
エンターキーを押すと、アバターの足元に雪だるまのヌイグルミが出現した。そこから闇が広がり、高音のバイオリン。
音符記号が発生して流れ、アバターを包む。
以前の服は、木口さんのイメージで淡い赤色のワンピースだった。
同色系の靴……黒い音符記号を包んだ光が触れて、跳ねるように散らばり、つま先から膝まで煌めきが覆う。足には白いロングブーツ。
音符記号が同じように、両手の指先に触れた。
これは、幼い頃に見た変身シーン?画面を見守るしかない私は、じっと観察を続け、曲に耳を傾ける。
アバターの指先から肘まで、ロング手袋がシルクのような艶を見せた。
ワンピースに音符記号が触れ、光の輝きに似た白い膝上のバルーンスカートを生じさせる。胸元にプリーツのデザイン。細い肩紐に、背中には大きなリボン。
腰にはタンバリンが掛かっている。
画面には、ポーズをドヤ顔で決める私アバター。
タンバリン。昨日は手に持っていたけど、武器なのかな。どうやって、何と闘うのか……
ん?魔法か何かの戦闘ヒロインなの、私?
方向性の見えないまま、画面を見つめる私の耳に入るのは、楽しそうな曲をバイオリンが奏でる音。それに合わせて、軽やかに踊るアバター。
『いざ、冒険へ』
ポチリ。私はエンターキーを戸惑いなく押した。
感情は、冷めていたように思う。
ドキドキもワクワクもなく、光に立つアバターを闇が包んで、どこかへ移動するのだろう。
アバターを吸い込むような画像に、誘うようなメロディを聞き流し、画面を見つめる。
闇が呑み込んで
……雪だるまのヌイグルミが消えた……
決まった時間にログアウトしていたからか、いつも寝ている時間が近づくと、ログアウトを促す選択画面へと切り替わった。
明日、学校があるのは“彼”も同じ。
声がサイト関係者のものであるなら、同じ年代の男の子。年上か、同い年……多分、年上ではない気がする。
ヌイグルミを落とした階段は、同学年の使用する道だから。
夢を見る。
それは、音のある世界。
高音のバイオリンが心に沁みるような音。揺れる水面をイメージする闇が足元に漂う。自分の位置するのが光で、望んだ闇に入るのを戸惑う恐怖。
矛盾した自分が理解できなくて、ただ立ち尽くした。
注がれる光に目を開けると、朝日なのだと理解する。部屋は静かで、時計の秒針の音が響いた。
机の上には、雪だるまのヌイグルミ。それを手に取り、あの日と同様……抱きしめる。
あの時、力が入らなくて、悲しみと動揺と、震える声が記憶にある。
晴は、私に背を向けた。その時、いつもの笑顔ではないけれど、微笑んだような気がする。
幼馴染。幼い時から、一緒に遊んだ。時に集団で、家族と一緒に出掛けたこともある。
手をつなぎ、微笑み、喧嘩をして、叩いて、謝り……そんな事を何度も繰り返した。それでも周りの評価は仲良し。
どこで変わった?
私の幼い恋心が、周りに分かるほどだったとすれば、晴に迷惑を掛けたのかな?それとも、私なんか目に入らないほど木口さんに恋をした?
付き合う様になって月日が過ぎた。私には分からない事。
晴の通学時間も把握済み。それを避ければ、確実に会うことはない。この間、階段で会うなんて……珍しい事。
そうだよね、私が知っているのは晴の行動パターン。木口さんの事など知らない。
……“彼”は、私の事を、どれほど知っているのだろうか。就寝時間と、入力した個人情報。そして、あの日の出来事。ほんの少しの情報。
彼の望んだのは一時的な“ヒロイン”。
「未來?今日も考え事を、ずっとしているみたいだけど、また熱が出るよ。」
冷たい手が額に触れ、覗き込むような視線の晴。
目の前にある光景に、頭が真っ白になった。思わず身を引いて、触れている手から距離を取る。
「大丈夫!ありがとう、ごめんね。」
周りを見て、自分の状況を確認。
気が付けば、昼食も終え、掃除時間で外に居た。いつのまにか持っていたホウキを、晴が片付けてくれる。
皆で教室に戻る数人の後姿を見ながら、晴の隣を歩いた。
戸惑う。
昔から、常に長い時間一緒にいた。自分の場所だった所が、むず痒いような恥ずかしさで居心地悪い。
久々だからではなく、居るべき場所ではないから。ここは、晴の彼女が立つ定位置になってしまった。
少し歩みを遅らせ、広げる距離。
それに安堵するなんて、悲しいような、何とも言い表せない複雑な感情。
斜め後ろから、晴の表情を見つめた。
良く分からない。今までに見たことのない角度で、感情も読み取ることは出来ない。
晴……
心で呼んだはずなのに、振り返り……笑顔。
切なさと懐かしさと、許されたような心の軽さ。欠けた何かが見つかったように、満ちて溢れ、そして消える。
儚い甘さ。滲むような闇が自分を侵食していくようだ。
……音……まただ。
現実の世界、バイオリンの音が遠くで奏でる曲。あの時と同じ、愛の歌。
私は足を止め、晴の後姿から目を逸らして空を見上げた。響く音……
教室に戻った私は、自分の一日に驚嘆した。
何気ない日常を繰り返すと、時間も経つのが早く、授業のノートも習慣的に取れている。
これで、テストが良いかと言えば別の話。理不尽だと思ってしまう。
無駄なものは無いと思いたい。苦しい時間や悲しい想い。きっと自分の糧になると、信じて立ち向かえる事が出来たなら成長。
習慣的な時間、夜9時過ぎ。
PCは自動で、『独創サイト』に強制的なログイン。画面には、私と同じ姿のアバター。
『ヒロインよ。一緒に冒険へ行きませんか?』
疑問形の文面だけど、どう考えても強制だよね。
エンターキーを押すと、アバターの足元に雪だるまのヌイグルミが出現した。そこから闇が広がり、高音のバイオリン。
音符記号が発生して流れ、アバターを包む。
以前の服は、木口さんのイメージで淡い赤色のワンピースだった。
同色系の靴……黒い音符記号を包んだ光が触れて、跳ねるように散らばり、つま先から膝まで煌めきが覆う。足には白いロングブーツ。
音符記号が同じように、両手の指先に触れた。
これは、幼い頃に見た変身シーン?画面を見守るしかない私は、じっと観察を続け、曲に耳を傾ける。
アバターの指先から肘まで、ロング手袋がシルクのような艶を見せた。
ワンピースに音符記号が触れ、光の輝きに似た白い膝上のバルーンスカートを生じさせる。胸元にプリーツのデザイン。細い肩紐に、背中には大きなリボン。
腰にはタンバリンが掛かっている。
画面には、ポーズをドヤ顔で決める私アバター。
タンバリン。昨日は手に持っていたけど、武器なのかな。どうやって、何と闘うのか……
ん?魔法か何かの戦闘ヒロインなの、私?
方向性の見えないまま、画面を見つめる私の耳に入るのは、楽しそうな曲をバイオリンが奏でる音。それに合わせて、軽やかに踊るアバター。
『いざ、冒険へ』
ポチリ。私はエンターキーを戸惑いなく押した。
感情は、冷めていたように思う。
ドキドキもワクワクもなく、光に立つアバターを闇が包んで、どこかへ移動するのだろう。
アバターを吸い込むような画像に、誘うようなメロディを聞き流し、画面を見つめる。
闇が呑み込んで
……雪だるまのヌイグルミが消えた……