諸々ファンタジー5作品
囚われ人
『難攻不落』
朝起きて着替え、机の上のPCを見つめる。
電源off状態の画面は漆黒の闇色。そして、その隣に置いた雪だるまのヌイグルミ。
彼が私に求めるのは、一時的な『ヒロイン』。ネット上の係わり。
ゲームのような事件解決も、都合のいい物語。先の見えない事も、彼は把握の上で、私(アバター)を動かす。
私は囚われの傍観者。
共有するのは何だろうか。私がヒロインなら、彼はヒーロー。
本当の目的も分からないのに、このまま共に時間を過ごすことを億劫だとは感じない。
何故、私だったのか……ただ、あの日……このヌイグルミを手に入れ、晴からのメッセージを見たのだろう。
取引の材料になると判断できる内容だったのだろうか。
疑問は増える一方。
彼のヒロインになれば、晴からのメッセージを渡すために対面すると約束した。
それを信じ、彼について調べるのを控えようと思う。
保健室へ行けば、あのサイトを先生に勧めた生徒が分かるだろう。
その生徒が、“彼”の可能性もある。情報を知っている生徒か、全く知らない可能性も否定できない。
調べる行為を知られたら……それは、信頼を裏切ることにならないだろうか。
証拠などない。最悪な場合は知らないと言われ、ネットでの係わりを絶たれるなら、晴のメッセージは手に入らない。
私は囚われを選んだ。
それでも、バイオリンの高音が聴こえる度に、反応する心音。無意識に早くなる足。
何に囚われたのかな。彼の存在が、私の中を占めていく。
失恋の痛みが癒されたのか、心が無感覚になったのか、それも理解できない。
晴のメッセージの内容が分からない限り、私の中で時間は止まったまま。
晴の時間は、どうだろう。
木口さんと付き合い、二人で過ごす時間は私の時と同じだろうか。きっと、幼馴染と彼女では違いがあるだろう。
おかしいな、心に痛みが生じない。思い出すのは、あの言葉。
『未來、見てくれた?』
見たか、どうかの確認。それに即答せず、私の反応は答えになったのだろうか。
晴には、今の状況を伝えた方がいいのかな。
あれから数か月……晴は私に、見た確認をしなかった。どうしてだろう。
私が見ていないと伝えれば、晴から内容を聞くことが出来るかもしれない。そうすれば、囚われの意味もなくなる。
私は何かを望んでいるのかな。
無意識に晴との接触を避け、あのサイトに囚われたまま、何も知らずに身を委ね……彼が導く。
それは、バイオリンの高音が奏でる曲に耳を傾け、闇に呑まれ光が注ぎ、傍観する私のアバターが変身し、タンバリンのシンバルが響く変化に富んだ音のある世界。
時間は過ぎて、同じような毎日を繰り返す。全く同じ日など存在しないはずなのに、心に残ることもなく過ぎ去る時間。
そんな日々を覆すのは、音のある世界。
彼のヒロインであり続けるなら、容易に変化の富んだ時間を手に入れられる。
身を委ねるだけの傍観者……それにも慣れると、退屈を感じるのだろうか。何て我儘な貪欲。
いつもと同じ時間。
光と闇の二分された空間に立つ私(アバター)。その横に、画像が揺らいで形を成していく。
ログインしたタクマのアバターは、雪だるまではなく男の子の姿。私(アバター)に手を差し伸べ、笑顔を向けた。
バイオリンが軽快な曲を奏でる。
PCに入力したのか、文字が画面に表示され、音声でも聞こえた。
「カコ、今日はネトゲの世界へ誘う。」
ねとげ?寝る・取られる……ちょっと危険な世界?理解できず、勝手にねつ造した憶測で、思わず身を引く。
PCのキーを押す勇気もない。『ヒロイン』は無理だ、別の何かで許してもらおう。
私の反応を、何で読み取るのか、タクマは足元を指さした。闇が画像を映し出し、説明を始める。
「オンラインゲーム、略してオンゲー。ネットゲーム、ネトゲとも呼ばれる。コンピュータネットワークを利用したゲームだよ。おいで、難攻不落の城を攻め落とすんだ。ね、俺のヒロインになってよ。」
足元のゲームの世界は高画質で、勢いや音声は臨場感を盛り上げる。難攻不落の城に、戦いを挑んでは消えていく多くの者。
ドキドキとワクワクに、心は支配される。
難攻不落の城も、もしかすると攻略できるかもしれない。きっと……この人と一緒なら、私は『ヒロイン』になれる。
エンターキーを、バイオリンの流れる軽快な音に合わせて押した。
私はタクマの手を取り、互いに微笑みながら、足元の闇に映し出されたゲームの世界に呑み込まれる。
闇に螺旋の光が刻み、時空を移動しているような画像に、無音。
一瞬の光が画面を真っ白にする。眩しさに目を閉じ、そっと目を開けると別世界にいた。
高画質の中世的な街並みは、タイム・スリップをしたように感じる。古都に活気があふれ、行き交う人の賑わう声。
私(アバター)を光が包んで、少し宙に浮いているようだ。周りにいた人が私をすり抜け、何事も無かった様に通り過ぎていく。
ここでも傍観者なのだろうか。タクマと逸れたのかな?
オンラインゲームなんてしたことが無い初心者は、それこそ囚われのヒロインが丁度いいのかも。
でも、この状況は……?
画面を見つめていると、周りの人の視線が一点に集中する。
「アズライトだ!」
画面いっぱいに、“アズライト”の文字と会話文が飛び交う。注目の的になっているのは、鎧を纏ったタクマ。
紺碧に統一された装備が、名の意味を告げる。
私に近づくタクマの後ろから、一人が接触した。
「場違いなラピスラズリ。この世界に、その装備は存在しない。出て行け!」
街中なのに、戦闘モードで画像が激変した。
画面には、人から獣に変化した敵がタクマに襲い掛かる。
タクマは鞘に入ったままの剣を振るい、防御した。
敵はスルリと避け、距離をとって攻撃態勢を整える。
その間にタクマは鞘を腰に戻し、剣を抜いて地面に突き刺す。
目を閉じ、小さな声で聞き取れない呪文の様な詠唱。剣が突き刺さったところを中心に魔方陣が広がる。
高画質で、高い耳鳴りのような音が響く。まるで自分が、そこに居る様な感覚。
心は引き込まれ、視線を逸らすことも出来ず、瞬きさえ忘れるほどに。
魔方陣は煙のように形を変え、剣に纏わり白青の炎に変化した。
再び襲い掛かる獣に、タクマは諸手突きの攻撃。白青の炎が光線のような速度で、獣に喰らいつく。
激しい火炎音…………
朝起きて着替え、机の上のPCを見つめる。
電源off状態の画面は漆黒の闇色。そして、その隣に置いた雪だるまのヌイグルミ。
彼が私に求めるのは、一時的な『ヒロイン』。ネット上の係わり。
ゲームのような事件解決も、都合のいい物語。先の見えない事も、彼は把握の上で、私(アバター)を動かす。
私は囚われの傍観者。
共有するのは何だろうか。私がヒロインなら、彼はヒーロー。
本当の目的も分からないのに、このまま共に時間を過ごすことを億劫だとは感じない。
何故、私だったのか……ただ、あの日……このヌイグルミを手に入れ、晴からのメッセージを見たのだろう。
取引の材料になると判断できる内容だったのだろうか。
疑問は増える一方。
彼のヒロインになれば、晴からのメッセージを渡すために対面すると約束した。
それを信じ、彼について調べるのを控えようと思う。
保健室へ行けば、あのサイトを先生に勧めた生徒が分かるだろう。
その生徒が、“彼”の可能性もある。情報を知っている生徒か、全く知らない可能性も否定できない。
調べる行為を知られたら……それは、信頼を裏切ることにならないだろうか。
証拠などない。最悪な場合は知らないと言われ、ネットでの係わりを絶たれるなら、晴のメッセージは手に入らない。
私は囚われを選んだ。
それでも、バイオリンの高音が聴こえる度に、反応する心音。無意識に早くなる足。
何に囚われたのかな。彼の存在が、私の中を占めていく。
失恋の痛みが癒されたのか、心が無感覚になったのか、それも理解できない。
晴のメッセージの内容が分からない限り、私の中で時間は止まったまま。
晴の時間は、どうだろう。
木口さんと付き合い、二人で過ごす時間は私の時と同じだろうか。きっと、幼馴染と彼女では違いがあるだろう。
おかしいな、心に痛みが生じない。思い出すのは、あの言葉。
『未來、見てくれた?』
見たか、どうかの確認。それに即答せず、私の反応は答えになったのだろうか。
晴には、今の状況を伝えた方がいいのかな。
あれから数か月……晴は私に、見た確認をしなかった。どうしてだろう。
私が見ていないと伝えれば、晴から内容を聞くことが出来るかもしれない。そうすれば、囚われの意味もなくなる。
私は何かを望んでいるのかな。
無意識に晴との接触を避け、あのサイトに囚われたまま、何も知らずに身を委ね……彼が導く。
それは、バイオリンの高音が奏でる曲に耳を傾け、闇に呑まれ光が注ぎ、傍観する私のアバターが変身し、タンバリンのシンバルが響く変化に富んだ音のある世界。
時間は過ぎて、同じような毎日を繰り返す。全く同じ日など存在しないはずなのに、心に残ることもなく過ぎ去る時間。
そんな日々を覆すのは、音のある世界。
彼のヒロインであり続けるなら、容易に変化の富んだ時間を手に入れられる。
身を委ねるだけの傍観者……それにも慣れると、退屈を感じるのだろうか。何て我儘な貪欲。
いつもと同じ時間。
光と闇の二分された空間に立つ私(アバター)。その横に、画像が揺らいで形を成していく。
ログインしたタクマのアバターは、雪だるまではなく男の子の姿。私(アバター)に手を差し伸べ、笑顔を向けた。
バイオリンが軽快な曲を奏でる。
PCに入力したのか、文字が画面に表示され、音声でも聞こえた。
「カコ、今日はネトゲの世界へ誘う。」
ねとげ?寝る・取られる……ちょっと危険な世界?理解できず、勝手にねつ造した憶測で、思わず身を引く。
PCのキーを押す勇気もない。『ヒロイン』は無理だ、別の何かで許してもらおう。
私の反応を、何で読み取るのか、タクマは足元を指さした。闇が画像を映し出し、説明を始める。
「オンラインゲーム、略してオンゲー。ネットゲーム、ネトゲとも呼ばれる。コンピュータネットワークを利用したゲームだよ。おいで、難攻不落の城を攻め落とすんだ。ね、俺のヒロインになってよ。」
足元のゲームの世界は高画質で、勢いや音声は臨場感を盛り上げる。難攻不落の城に、戦いを挑んでは消えていく多くの者。
ドキドキとワクワクに、心は支配される。
難攻不落の城も、もしかすると攻略できるかもしれない。きっと……この人と一緒なら、私は『ヒロイン』になれる。
エンターキーを、バイオリンの流れる軽快な音に合わせて押した。
私はタクマの手を取り、互いに微笑みながら、足元の闇に映し出されたゲームの世界に呑み込まれる。
闇に螺旋の光が刻み、時空を移動しているような画像に、無音。
一瞬の光が画面を真っ白にする。眩しさに目を閉じ、そっと目を開けると別世界にいた。
高画質の中世的な街並みは、タイム・スリップをしたように感じる。古都に活気があふれ、行き交う人の賑わう声。
私(アバター)を光が包んで、少し宙に浮いているようだ。周りにいた人が私をすり抜け、何事も無かった様に通り過ぎていく。
ここでも傍観者なのだろうか。タクマと逸れたのかな?
オンラインゲームなんてしたことが無い初心者は、それこそ囚われのヒロインが丁度いいのかも。
でも、この状況は……?
画面を見つめていると、周りの人の視線が一点に集中する。
「アズライトだ!」
画面いっぱいに、“アズライト”の文字と会話文が飛び交う。注目の的になっているのは、鎧を纏ったタクマ。
紺碧に統一された装備が、名の意味を告げる。
私に近づくタクマの後ろから、一人が接触した。
「場違いなラピスラズリ。この世界に、その装備は存在しない。出て行け!」
街中なのに、戦闘モードで画像が激変した。
画面には、人から獣に変化した敵がタクマに襲い掛かる。
タクマは鞘に入ったままの剣を振るい、防御した。
敵はスルリと避け、距離をとって攻撃態勢を整える。
その間にタクマは鞘を腰に戻し、剣を抜いて地面に突き刺す。
目を閉じ、小さな声で聞き取れない呪文の様な詠唱。剣が突き刺さったところを中心に魔方陣が広がる。
高画質で、高い耳鳴りのような音が響く。まるで自分が、そこに居る様な感覚。
心は引き込まれ、視線を逸らすことも出来ず、瞬きさえ忘れるほどに。
魔方陣は煙のように形を変え、剣に纏わり白青の炎に変化した。
再び襲い掛かる獣に、タクマは諸手突きの攻撃。白青の炎が光線のような速度で、獣に喰らいつく。
激しい火炎音…………