諸々ファンタジー5作品
先導
交錯する想いに前世は絡む
落ち着かない心音に対し、胸元を押さえるように両手を当てた。
「ねぇ、幸。どうする?」
少し離れた位置で、小さな声が聞こえた。
視線を向けると、彼の後姿。
何を問われたのか分からずに、問い返す形で答える。
「どうするって、何?」
静かな、使われていない教室。
ここも他と同様に時計が掛かっていて、響く秒針の音。
時間は一限目が終ったばかり。
50分の間に垣間見た前世の記憶。
その間、ずっと付き添っていたのだろうか。
私は代と一緒に居たはずだ。
ここではなく、自分の教室の前で……
「幸、俺は……。……何を考えているの?心ここにあらず、か。君は数元が女の子だと理解している?」
思考はさ迷い、近づく彼の表情で我に返った。
視線を向けていたのに、彼が振り返ったことも認識が出来ず、近づく距離に反応も遅れて。
「代が前世と重なることがない……とは言えないかな。だけど、異性だと思ったことは一度だってない。」
何故か口調が言い訳みたいだなと、そう思うと焦りが生じる。
「そう?……幸。君は、この現世で……俺を望んでくれるのかな。」
この現世で。
彼の視線は私を真っ直ぐに見つめる。
逸らすことが出来ず、込み上げるのは罪悪感。
「……分からない。それは、相多君も同じじゃないの?今は現世で生きている。前世の記憶が、どんな意図で思い出されるのかは知らないけれど、その悲恋は……私たちの過去じゃない!私が生まれたのは、この……」
平和な時代。
『これが戦乱の世ではなく平穏な時代であったなら』
シロは何と言っていた?
何をしたの?どんな力を持って……
それが“今”、何をもたらすのか。
相多君は、口を閉ざした私の両腕を掴んで顔を近づけた。
「……!」
勢いに目を閉じ、キスを覚悟したけれど不発に終わる。
胸元に置いたままの手に、彼は額を重ねてため息を吐く。
「苦しい。息がつまりそうだ。君を想うこの心が、俺の意思ではないのだとすれば……どうすればいい?悲恋を叶えて満足すれば、この想いは消えるのか?前世など信じていない。寧ろ、利用してやるつもりだった。」
彼の手は震えている。
密着する部分から体温が伝わって、私の手には熱い息。
彼を初めて見た日、心惹かれた。
その時に前世の記憶などない。
けれど、心の奥深くに刻まれた罪悪感は存在した。
彼に刻まれた感情も、前世の物だとすれば……
私たちは、どうすればいい?
相多君は私から離れ、視線を合わせずに方向を変えた。
「ごめん。ここから出て、各自の教室に戻るのを“どうするか”聞いたつもりだったのに。……幸、先に戻ってよ。」
クラスは違うけれど、意味も無く一限目に居なかった私たちが、同時で教室に戻るところを見られると困るよね。
前世など、誰が信じてくれるだろうか。
私は足早にそこを離れた。
教室に辿り着くと同時で、二時限目の始業のチャイムが鳴り響く。
彼は、間にあっただろうか。
手には、彼の掴んだ痕が微かに残っている。
愛しい。
この想いは何だろう。
確かに息も出来ず、喉に詰まったようで吐き出すことも上手くいかない。
授業に身も入らず、上の空。
過去……いつの時代なのか何処かも分からない、私の前世の出来事。
この魂に刻まれた記憶に意味がないのだとすれば、振り回される私たちは……
巻き込んだのは代だ。
沈黙と、徐々に明らかになる真実。
理解できない前世に振り回されるのに疲れた。
一時は受け止めて、すべてを知る事を望んだはずなのに……
想いが同調していくのが怖い。
自分を見失いそうで、新たな一面が以前からあったような錯覚に苛まれる。
「……き。幸、大丈夫か?授業は終わったぞ。一限目も居なかったみたいだし、どうしたんだ?」
智士君が覗き込む。
心配した表情に既視感があり、安堵する。
敵で、しかも恋敵(ライバル)だったイチシの前世とはかけ離れた存在。
何かが腑に落ちない。
だけど、真剣に耳を傾けていなかった智士君たちの前世の思い出話が頭を過る。
「ねぇ、智士君。敵同士だったのに、シロと戦に行ったのは何故?」
「ん?シロの話では、俺から誘ったらしい。」
イチシが兄様シロを誘った?
「ふ。驚いた顔するのは当然だよな。本当にあった前世の出来事だからこそ、今では理解できないような、細かな状況に対応した結果なのだろうと、俺は思うけど。」
その細かな事を、代は智士君に語っていないのかな。
「悲しい目をするんだ。あいつ……俺は、どんなことだって知りたいのに。」
そうだよね。シロにも、きっと何か考えがあったはずだ。
サチが止めても決意は揺らがなかった。
敵と共に、独りで戦に参加したシロがジキを殺したのだとすれば……
あの後の事。
それを知った私は、どうしたのだろうか。
ジキが死ぬ前に、サチがシロを選んだと言うような状況があったのだろうか。
それなら……この罪悪感は。
あの血塗られた短刀は。
「幸。シロが戦に参加したのはサチの為。俺イチシを殺すつもりだったと……“代”が涙を零しながら、笑って答えたのが…………嬉しかったんだ、俺は。」
……え?
自分の事で精一杯な私に、彼は、とんでもない事を告げた。
前世の記憶のない智士君の想いも、私たちと同様……現世を覆していく。
「……智士君は本当に、前世の記憶がないの?」
以前に聞いた時と、同じ答えが返ってくることを……私は心から願っていた。
だって、彼も前世を思い出しているのだとすれば……
私たちの間に、今までのような平穏な環境は生じないかもしれない。
「……俺には、罪悪感がある。」
智士君にも存在する魂に刻まれた、前世の想い。
こうして、巻き込んでいくのね。代……
あなたの目的は何?
この状況は、あなたが意図したけれど……その狙い通りに物事は進展しているのかな。
私には分からない。
罪悪感を抱えた複雑な心は、悲恋を叶えたくて急かす様に駆り立てる。
私たちの想い……
それぞれの望む未来は見えず。
交錯する想いに前世は絡む…………
落ち着かない心音に対し、胸元を押さえるように両手を当てた。
「ねぇ、幸。どうする?」
少し離れた位置で、小さな声が聞こえた。
視線を向けると、彼の後姿。
何を問われたのか分からずに、問い返す形で答える。
「どうするって、何?」
静かな、使われていない教室。
ここも他と同様に時計が掛かっていて、響く秒針の音。
時間は一限目が終ったばかり。
50分の間に垣間見た前世の記憶。
その間、ずっと付き添っていたのだろうか。
私は代と一緒に居たはずだ。
ここではなく、自分の教室の前で……
「幸、俺は……。……何を考えているの?心ここにあらず、か。君は数元が女の子だと理解している?」
思考はさ迷い、近づく彼の表情で我に返った。
視線を向けていたのに、彼が振り返ったことも認識が出来ず、近づく距離に反応も遅れて。
「代が前世と重なることがない……とは言えないかな。だけど、異性だと思ったことは一度だってない。」
何故か口調が言い訳みたいだなと、そう思うと焦りが生じる。
「そう?……幸。君は、この現世で……俺を望んでくれるのかな。」
この現世で。
彼の視線は私を真っ直ぐに見つめる。
逸らすことが出来ず、込み上げるのは罪悪感。
「……分からない。それは、相多君も同じじゃないの?今は現世で生きている。前世の記憶が、どんな意図で思い出されるのかは知らないけれど、その悲恋は……私たちの過去じゃない!私が生まれたのは、この……」
平和な時代。
『これが戦乱の世ではなく平穏な時代であったなら』
シロは何と言っていた?
何をしたの?どんな力を持って……
それが“今”、何をもたらすのか。
相多君は、口を閉ざした私の両腕を掴んで顔を近づけた。
「……!」
勢いに目を閉じ、キスを覚悟したけれど不発に終わる。
胸元に置いたままの手に、彼は額を重ねてため息を吐く。
「苦しい。息がつまりそうだ。君を想うこの心が、俺の意思ではないのだとすれば……どうすればいい?悲恋を叶えて満足すれば、この想いは消えるのか?前世など信じていない。寧ろ、利用してやるつもりだった。」
彼の手は震えている。
密着する部分から体温が伝わって、私の手には熱い息。
彼を初めて見た日、心惹かれた。
その時に前世の記憶などない。
けれど、心の奥深くに刻まれた罪悪感は存在した。
彼に刻まれた感情も、前世の物だとすれば……
私たちは、どうすればいい?
相多君は私から離れ、視線を合わせずに方向を変えた。
「ごめん。ここから出て、各自の教室に戻るのを“どうするか”聞いたつもりだったのに。……幸、先に戻ってよ。」
クラスは違うけれど、意味も無く一限目に居なかった私たちが、同時で教室に戻るところを見られると困るよね。
前世など、誰が信じてくれるだろうか。
私は足早にそこを離れた。
教室に辿り着くと同時で、二時限目の始業のチャイムが鳴り響く。
彼は、間にあっただろうか。
手には、彼の掴んだ痕が微かに残っている。
愛しい。
この想いは何だろう。
確かに息も出来ず、喉に詰まったようで吐き出すことも上手くいかない。
授業に身も入らず、上の空。
過去……いつの時代なのか何処かも分からない、私の前世の出来事。
この魂に刻まれた記憶に意味がないのだとすれば、振り回される私たちは……
巻き込んだのは代だ。
沈黙と、徐々に明らかになる真実。
理解できない前世に振り回されるのに疲れた。
一時は受け止めて、すべてを知る事を望んだはずなのに……
想いが同調していくのが怖い。
自分を見失いそうで、新たな一面が以前からあったような錯覚に苛まれる。
「……き。幸、大丈夫か?授業は終わったぞ。一限目も居なかったみたいだし、どうしたんだ?」
智士君が覗き込む。
心配した表情に既視感があり、安堵する。
敵で、しかも恋敵(ライバル)だったイチシの前世とはかけ離れた存在。
何かが腑に落ちない。
だけど、真剣に耳を傾けていなかった智士君たちの前世の思い出話が頭を過る。
「ねぇ、智士君。敵同士だったのに、シロと戦に行ったのは何故?」
「ん?シロの話では、俺から誘ったらしい。」
イチシが兄様シロを誘った?
「ふ。驚いた顔するのは当然だよな。本当にあった前世の出来事だからこそ、今では理解できないような、細かな状況に対応した結果なのだろうと、俺は思うけど。」
その細かな事を、代は智士君に語っていないのかな。
「悲しい目をするんだ。あいつ……俺は、どんなことだって知りたいのに。」
そうだよね。シロにも、きっと何か考えがあったはずだ。
サチが止めても決意は揺らがなかった。
敵と共に、独りで戦に参加したシロがジキを殺したのだとすれば……
あの後の事。
それを知った私は、どうしたのだろうか。
ジキが死ぬ前に、サチがシロを選んだと言うような状況があったのだろうか。
それなら……この罪悪感は。
あの血塗られた短刀は。
「幸。シロが戦に参加したのはサチの為。俺イチシを殺すつもりだったと……“代”が涙を零しながら、笑って答えたのが…………嬉しかったんだ、俺は。」
……え?
自分の事で精一杯な私に、彼は、とんでもない事を告げた。
前世の記憶のない智士君の想いも、私たちと同様……現世を覆していく。
「……智士君は本当に、前世の記憶がないの?」
以前に聞いた時と、同じ答えが返ってくることを……私は心から願っていた。
だって、彼も前世を思い出しているのだとすれば……
私たちの間に、今までのような平穏な環境は生じないかもしれない。
「……俺には、罪悪感がある。」
智士君にも存在する魂に刻まれた、前世の想い。
こうして、巻き込んでいくのね。代……
あなたの目的は何?
この状況は、あなたが意図したけれど……その狙い通りに物事は進展しているのかな。
私には分からない。
罪悪感を抱えた複雑な心は、悲恋を叶えたくて急かす様に駆り立てる。
私たちの想い……
それぞれの望む未来は見えず。
交錯する想いに前世は絡む…………