諸々ファンタジー5作品
甘えても良いですか





 まだ見ていない。

人の人生すべてを知るには時間が足りないだろう。

代が見せたい選んだ場面なのかな。

そんな事、出来るわけがないよね、普通で考えるなら。



だけど、目の前に居る智士君の『罪悪感』は、きっと……あの謝罪の事のような気がする。



「智士君。その罪悪感は、誰に対するものなの?」


尋ねた私に、彼は苦笑。


「はは。シロ、幸、直……そして、自分自身(イチシ)。もう、何が何だか分からない。駆り立てるように罪悪感が苦しめる。」


それで、この会話。

智士君は、胸元の服を掴んで唇を噛み締めた。


「あのさ、智士君は、その……代の事、好きなんだよね?」


彼を見ていると、辛くて、自分の事のように感じてしまう。


「好きだよ。」


真剣な視線を私に向け、それが前世の想いだとは思えないほどの感情を伝えた。

私は安堵する。

人を好きな感情に、間違いなどないのだと。


「ありがとう。」


お礼と共に、思わず笑みが漏れた。



「この状況、どういう事か説明してくれるかな?」


私たちの前に現れたのは、怖い顔をした相多君。


「なぁお~~!」


智士君が飛びつく。



 この状況?

彼は、どこから聞いていたのだろうか。


『好きだよ。』


智士君が好きなのは、私だと誤解したのかな?


「離れろ!お前を赦したわけじゃない。」


一瞬の沈黙。

智士君は表情や動きが固まって、視線がさ迷う。

相多君は口元を押さえ、しまったという顔。

私達の声が大きかったからか、教室にいる皆の視線を感じる。


「……直。」


距離をとった智士君の小さな声。

私と相多君は視線を向けた。

智士君の笑顔にぎこちなさが見え、心は痛む。


「俺が好きなのは幸じゃないから安心しろ。ほら、もうすぐ次の授業が始まるぞ。」


相多君を教室に帰るように促して、いつも通りに振る舞う智士君。


「智士、ごめんな。」


背を向けて謝る声は私にも聞こえた。



 このままで良いはずはない。

赦せない何か。

抱く罪悪感が共鳴するように、心を締め付ける。



ここは現世、時間は流れて戻って来ない。

取り返しのつかない過去、それも前世など、自分の知ったことじゃない。

誰かへの恋心は、前世など関係なくても不安定で曖昧。

その想いを育むかどうかは、自分次第。



相多君を知りたいと願う。

心惹かれる。

サチと同様、少しの接点から見え隠れする彼の本質に触れたいと望み、手を広げる彼に受け入れて欲しい。



シロとは違う……



チクリと痛む胸。

本当に違う?

なら、この罪悪感は……。



短刀で誰の命を奪ったのかと訊いた私に、代の答えは抽象的だった。


『貴方は約束を守って私の願いに応えた』


約束と願いって……

サチが殺したのは誰なの?

シロとの約束、シロの願い……



 ジキを殺したのはシロ。

シロはイチシを殺す“つもり”で戦に行った。

多分、あの言い方だと未遂だよね。

私はシロを刺したのだろうか……

それがシロの願い?

約束……


『私が殺す』


頭に激しい痛みが走る。

そこから徐々に小さな痛みが続き、ズキズキと重みが増していく。

自分の予測が正しいように感じ、不安が増し加わって罪悪感と入り交じる。

私の出す結論は、現世の行く末と前世の全貌が同じ悲恋へと導いて行くようで、怖い。



 授業の合間の休み時間、私は彼らを避けることにした。

お昼も別行動。

お弁当を持って中庭に向かう。

以前に保健室から見えた風景の記憶。

桜は散ってしまった。



 入学式の日、学校の中を巡って見つけた桜の大木。

降り注ぐ花びらは、まるで火の粉……



火の雨に立ちつくし、身を焦がしても構わないと思うほどの罪悪感。

罪の赦しを求め、死を願うほどの悲しみ。

私は……サチは、ジキを選ばなかった。

選んだのはシロ。

殺した。

血塗られた短刀はシロを貫いて、血飛沫が舞って私を染める。



現世では裁けない前世の記憶は、サチではなく、私に殺人の感覚を刻んだ。

人を殺めた事実……



私じゃない、私が殺したんじゃない!



 口元を押さえ、しゃがみ込んで嘔吐を堪える。

空腹時で胃には何も入っていないけど、胃液は出るよね。

その後始末は面倒だろうな。人が集まったら何と言おうか。

恐怖と混乱に震えが生じる。



「幸、大丈夫か?」


声と同時で肩に手が置かれ、口を押えたまま視線を向けた。

息を切らした相多君が心配そうに私を覗き込んで、背中を撫でる。

彼の温もりと、変わらない優しい視線。

今までにない平穏。

圧し掛かっていた重みが一掃され、私は大きく息を吸って吐き出す。



そう、私は恋心を認めた。

いつまでも逃げては駄目。



 現世での初恋。

この淡い想いが実るかどうかは、私の気持ち次第。

彼が私を選ぶのは、前世が大きく左右するかもしれないけれど、今の私に愛想を尽くすなら……それが結末。

同じ悲恋などない。

だって、ここは平和な時代で、誰の命も奪ったりはしない。

実らない恋に終わったとしても、あなたの幸せを願えるはずだから……

今は、自分の想いを裏切らないようにしたい。



「もう大丈夫だから、立つのに手を貸してもらえるかな?」


私の口元は引きつっていたように思う。

そんな思い通りに笑えない私の横で、彼が微笑みを見せたのは不思議だった。



 相多君は先に立ち上がって手を差し伸べる。

恐る恐る腕を伸ばして、何の疑問も抱かない彼の手を掴んだ。

立ち上がって手を離すと、逃げて行く彼の温もり。

視線を向けると、彼の頬は赤く染まって照れているのか落ち着きがない。



沸き起こる愛しさ。

その感情に踏み込んで、手を出していいのかな。

戸惑いながらも、貪欲に身を任せ……正直に願おう。

触れたいと。



狂おしい愛しさに、もっと……もっと「甘えても良いですか?」





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