諸々ファンタジー5作品
裏切りの輪廻





 彼の服の裾を遠慮気味に引き、下からの覗くように視線を向ける。

彼は上から私の視線を受けたまま、思考停止状態。

あ、駄目なのかな。

弱気になり、視線を逸らして服の裾を手離した。


「……いいよ、甘えても。」


彼の小さな声に驚いて視線を戻すと、彼は耳まで真っ赤。

口に手を当てて、視線は逸らした状態。



甘えても良い。

その言葉に歓喜が生じ、満ちるような幸福が包む。

距離を縮めて近づいた私に、口を押えていない手が待ってと、遠慮気味な静止を促す。

視線を私に横目で向け、より一層赤らめた顔は拒絶ではない事を示していた。

その留めようとする手に、そっと自分の手を重ね、様子を窺う。


「……お手柔らかにね、俺は前世とは違うから。」


彼の少し震えている手に、嬉しさが込み上げて落ち着かない心音。

視線を落として、口元の緩むのをどうにかしようとするけど、止まらない。

頬が熱いのも自覚する。



 視線が合っていない状態で、彼の手が自分から離れた。

調子に乗って嫌気がしたのかと思うと、一瞬で満ちていた暖かさが凍結したように動きが止まってしまう。

自分勝手にも涙ぐみそうになり、謝ろうと視線を向けた。

彼の視線は私の手を見つめたまま、離れた手を近づけ、ゆっくりと指を絡ませていく。

鼓動が加速して、目は釘づけ。



駄目、この手は!



違う、私じゃない。

どんなに刻まれた感覚が生々しくても、離したくないの。

前世を塗り替えて欲しい……今度こそ、受け入れたい。



顔を一気に上げ、彼の表情を確認してから、満面の笑みが漏れる。

彼は優しく微笑み、絡んだ指を握り締めるけれど戸惑う様な弱い力。



相多君は、私の手を引いて抱き寄せた。

駆られるような衝動は彼も同じなのかな。



 淡い恋心は彩りを覚え、言い表せない程の感情を増し加えていく。

前世など関係なく、この想いが降り積もり。

この現世で、きっと……もっと、ちがう未来を望む。



願いは、ただ一つだけ。

幸せになりたい。



 握った手は力が加わり、汗ばんでいるのか密着している部分が吸い付くようだ。

過去に垣間見たオトナな恋と同様、溶け入る熱を体感する。

これは現実、私の人生……

前世ではない今、この時に味わっている彼の温もり。現在進行中。



抱き寄せる腕が緩み、相多君が背に回した手は私の背中を優しく撫でる。

見下ろした視線は戸惑いの表情で、そっと顔を近づけ私の肩に額を乗せた。

私の拒絶がないのを確認したのか、一時停止した状態から、ゆっくりと甘えるようにすり寄せる。


「幸が俺の腕の中にいることが、とても嬉しい。」


嬉しいのは私も同じだと思う。

この心にある気持ちなど計測できない。

比べるような基準もなく、自己判断も曖昧で、彼に何と答えて良いのか分からずに言葉を逃してしまった。



相多君は小さな声で会話を続ける。


「確かに、あの頃に戻る事は不可能だよね。だからこそ、もう二度と君を離したくない。」


“もう二度と”……

その言葉が前世での結末を物語る。


「相多君、あの……」


前世に縛られるのは、しょうがない事だとしても、もう少し今を意識して欲しいと願ってしまう。


「俺は前世を利用するつもりだったのに、自分が思い描いたような幸せの欠片もない巡り合せを憎んでいる。どれほど君には前世の記憶があるの?俺は常に、前世の悲恋に押し潰されそうだ。」


前世の呪縛。

私が思い出していない出来事が、相多君を苦しめている。

それなのに、今を意識して欲しいなど……

彼が願い求める事も、私と同じだったなんて。



顔を上げ、私を見つめる彼の苦しそうな辛い表情に、胸が痛んだ。


「……ごめんなさい。」


無意識で、手を彼の頬に当てようと移動させ、動きを止める。

悲しみに変化する彼の表情。

視線を逸らすことが出来ずに、瞬きも忘れてしまう。

目を見開いた私に、彼の視線も真っ直ぐ向けられていた。

その目には涙が徐々に溢れ、苦笑と共に零れ落ちる。


「最後の言葉と同じだ。あの時、君が生きていたことを喜び、同時に目に入った文様に俺は……」


文様?

……生きて再会した時の事…………



「ぁ……あつ……ぃ」


彼の温もりの中、体中が発する上昇する熱に記憶は揺さ振られる。

現世と前世の複雑な記憶が絡んで、現実を見失うほど。

目の前で彼を見ているはずなのに、視界には遠くに立つ人影……

顔も服も認識できない程の距離なのに誰だか理解できる。

愛しい人、前世での相多君……



私の最期の言葉。

それは、近づいた彼が見た文様。



「嫌だ、見ないで!……お願い…………ごめんね、赦して……ごめ……っ。」


私の抵抗に、繋いでいた手と抱き寄せていた距離は離れてしまった。

前世の記憶する高熱と、癒すような彼の温もりが一気に冷めていく。

凍えるような寒さに身を抱き寄せて、目に入った物に思考停止。



信じられない光景に言葉を失い、恐怖が包む。

それなのに、不思議と許容できた。


「……き、幸!」


 私の名を叫んでいる声に気付き、我に返って両手に視線を落とす。

幻?一時的だったのかな。

彼は見たのだろうか。

恐る恐る視線を向け、喉が詰まって出ない言葉を吐き出そうとするけど、思うようにいかない。


「ごめんな、幸。嫌な前世でも思い出した?」


違う、事実だ。

胸中を隠しながら、私は首を振って、相多君に無理した笑顔を見せる。

そんな私に、彼は安心したように微笑んで、優しい変わらない視線。



私の中の罪悪感が、今までにないほどに込み上げる。

そんな状況でも安堵した……

彼が前世で見た、文様が出ていたことを知らないのだと分かったから。



 悲しみと、思い出した前世の罪。

前世で彼を選ばず、違う人の想いを受け入れた。

その証拠が私の身体に、魂に刻まれ……罪悪感が共に沁み込んでいる。



つると葉が全身を覆い、所々に開花した大輪。

塗り替える事の出来ない魂憶。



炎雨の降り注ぐ中……

別れと再会を、どれほど憎んだことだろう。



魂に刻まれた罪悪感。

私の罪。



転生は、裏切りの輪廻…………





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