諸々ファンタジー5作品
望みは果てしなく足掻いて生きていく
「代、お願い。すべてを知りたいの。あなたは自分を先導者だと言いながら、何を恐れているの?そう……あなた自身が言ったのよ。
『どれほどの知識を詰め込んでも、相応しい行動など選べもしなければ、まして実践など不可能』だと。
そうだとすれば、あなたの言った……」
代は私の言葉を遮るように小さな声で話し始める。
「そうよ、だから恐れているの。怖い。どうしていいのか私にも分からない。
シロは……すべての力を注いで、この現世を形作った。だけどシロと私は違う。
前世の記憶が正しければ、私には力など残っていないはずなのに。あるのは……予想外な事ばかり。繰り返したくない。
『足掻いて生きる道を選べるのは特異な事』なの。」
私たちは前世を背負い、現世を選んで足掻いて生きていく。
そうしないと、結末は同じかもしれない。
きっと……もっと、ちがう未来を願いたい。
「代、始めた事は終わらせないといけない。……身に覚えのない罪悪感に苦しむのは、もう嫌なの。相多君と智士くん……あなたも同じだったなんて。」
現世の代も、前世とは違う。
降っていた粉雪の量が減っていき、静寂を保ったままの空を見上げると最後の一片。
寒曇が広がり、あの時の寒さを記憶が呼び起こす。
「……シロ。兄様、とても寒い。凍えてしまいそうよ。あなたと共に死ぬことを考えていたなんて、兄様は知らないでしょう?あなたが死を願っていたのを、本当は知っていたの。だから……」
戦に行くと言った時に嫌な予感がした。
だけどシロは、イチシを殺すつもりだった。私の為に……
その時はサチの現世を護る為に、あなたは死を忘れてくれたのに。
「……ふ。力があっても、すべてを知る事など不可能だったって事ね。
サチ、肉親であれば見守れると思ったの。力さえ無ければ、きっと、もっと……ちがう未来。」
力さえなければ……サチは普通の生活が出来たかもしれない。
だけど時代は変わらず、争いに巻き込まれてジキに会うことも無かったかもしれない。
過去は変えられない。
「未来を願うのは、現世を生きている私たち。前世を背負うのも、振り捨てる過去とすることも……現世の私たちが足掻いて決める事。そうだよね、代?」
「幸、あなたの前世は罪悪感を魂に刻んできた。その苦しみを垣間見たでしょう。辛い事は、これから……もっとあるかもしれない。私の覚悟は決まった。彼らにも告げようと思う。あなたは、全てを受け入れる覚悟がある?」
覚悟……常に、選択の場面で逃げてきた記憶しかない。
自分を追い詰めて辿り着いた、終着への扉。
「すべてを受け入れる。途切れた記憶を貼り繋ぎ、結論を出さずにはいられない。
サチの前世とは違う、もう一つの過去……彼を選ばなかった罪悪感。あなたを受け入れたのに、彼を殺したあなたに憎しみを宿した自分勝手な私の本質を……罪を受け入れ、解放を望む。
現世で幸せになりたい。きっと……もっと、違う未来を。」
…………深く、落ちるように夢をさ迷う。
今日と同じ寒曇……
けがをしているのに、またジキは戦へと向かう。
止めようと伸ばそうとする手は、戸惑いを示して届くことはない。
自分が、どんな表情をしたのか分からない。
それに対して、あなたは優しく微笑んで温かな視線を向けた。
「帰って来る。今度こそ、“逃げるなよ”。」
あなたは無意識だったのかな。
今まで覚悟も無くて逃げ腰だったけれど、ジキを受け入れようと願った私が逃げたことはない。
逃げたのは違う前世での事……
ジキには、本当に前世の記憶はなかったのかな。
私と会った日、ジキは言った。
『何だ、この胸騒ぎのような感覚』
その日に惹かれたのだと。
魂に刻まれた想いは深く。
周辺の戦禍は激しく、民は恐怖に支配されていた。
戻らないジキの姿を見るものはなく、保っていた均衡はあっけなく崩れ去る。
戦から戻った傷だらけのイチシ。
彼女は私に詰め寄った。
ジキが死んだのは、私の所為だと……罵りの否定的な言葉の羅列。
彼女は口を開いた私の言葉尻を捕らえて、怒りを巧妙に誘う。
きっと……イチシは死を願っていた。
それも分からず、怒りに駆られて短刀を彼女に向ける。
受け入れるような彼女に、刃先は吸い込まれるようだった。
目を閉じ、手には衝撃と鈍い重み。
そっと目を開けると、体に刺さった短刀は更に生々しい感触を伝え、生暖かい血が両手に滴る。
手は震えて短刀を掴んだまま、視線をイチシに向けた。
目に入ったのは、本当に自分が刺した兄様の顔。
視界の端には、白い地に転がったイチシの姿があった。
瞬きも出来ず目を見開いた状態の私に、笑顔を向ける兄様。
「……サチ、気にしなくていい。見ろ、もう戦で体は傷だらけで命は尽きるところだった。」
いいえ、きっと命を左右する傷ではなかったはず。
だけど結果は同じ。
兄様の重みを受けながら、白い地に座り込み、ぼう然とする私に衝撃が走る。
胸元には矢尻。
体を貫いた矢は、同族の民の物。
恐怖心は、何と大きな力を生み出すのだろうか。
戦いを望まなかった民に、武器を握らせて人の命を奪うのだから。
ジキ、私は……サチは、あなただけを愛していたの。
兄様への気持ちは前世とは違う。
一つの終焉に、人への想いは変わらず純粋なまま。
願った幸せを得ることも出来なかった悲恋だけれど、生きた証。
これが平穏な時代であれば。
イチシが女でなかったなら。
シロが力を持っていなければ。
サチに力が引き継がれなければ。
きっと……もっと、ちがう未来があったはず。
望みは果てしなく足掻いて生きていく……
「代、お願い。すべてを知りたいの。あなたは自分を先導者だと言いながら、何を恐れているの?そう……あなた自身が言ったのよ。
『どれほどの知識を詰め込んでも、相応しい行動など選べもしなければ、まして実践など不可能』だと。
そうだとすれば、あなたの言った……」
代は私の言葉を遮るように小さな声で話し始める。
「そうよ、だから恐れているの。怖い。どうしていいのか私にも分からない。
シロは……すべての力を注いで、この現世を形作った。だけどシロと私は違う。
前世の記憶が正しければ、私には力など残っていないはずなのに。あるのは……予想外な事ばかり。繰り返したくない。
『足掻いて生きる道を選べるのは特異な事』なの。」
私たちは前世を背負い、現世を選んで足掻いて生きていく。
そうしないと、結末は同じかもしれない。
きっと……もっと、ちがう未来を願いたい。
「代、始めた事は終わらせないといけない。……身に覚えのない罪悪感に苦しむのは、もう嫌なの。相多君と智士くん……あなたも同じだったなんて。」
現世の代も、前世とは違う。
降っていた粉雪の量が減っていき、静寂を保ったままの空を見上げると最後の一片。
寒曇が広がり、あの時の寒さを記憶が呼び起こす。
「……シロ。兄様、とても寒い。凍えてしまいそうよ。あなたと共に死ぬことを考えていたなんて、兄様は知らないでしょう?あなたが死を願っていたのを、本当は知っていたの。だから……」
戦に行くと言った時に嫌な予感がした。
だけどシロは、イチシを殺すつもりだった。私の為に……
その時はサチの現世を護る為に、あなたは死を忘れてくれたのに。
「……ふ。力があっても、すべてを知る事など不可能だったって事ね。
サチ、肉親であれば見守れると思ったの。力さえ無ければ、きっと、もっと……ちがう未来。」
力さえなければ……サチは普通の生活が出来たかもしれない。
だけど時代は変わらず、争いに巻き込まれてジキに会うことも無かったかもしれない。
過去は変えられない。
「未来を願うのは、現世を生きている私たち。前世を背負うのも、振り捨てる過去とすることも……現世の私たちが足掻いて決める事。そうだよね、代?」
「幸、あなたの前世は罪悪感を魂に刻んできた。その苦しみを垣間見たでしょう。辛い事は、これから……もっとあるかもしれない。私の覚悟は決まった。彼らにも告げようと思う。あなたは、全てを受け入れる覚悟がある?」
覚悟……常に、選択の場面で逃げてきた記憶しかない。
自分を追い詰めて辿り着いた、終着への扉。
「すべてを受け入れる。途切れた記憶を貼り繋ぎ、結論を出さずにはいられない。
サチの前世とは違う、もう一つの過去……彼を選ばなかった罪悪感。あなたを受け入れたのに、彼を殺したあなたに憎しみを宿した自分勝手な私の本質を……罪を受け入れ、解放を望む。
現世で幸せになりたい。きっと……もっと、違う未来を。」
…………深く、落ちるように夢をさ迷う。
今日と同じ寒曇……
けがをしているのに、またジキは戦へと向かう。
止めようと伸ばそうとする手は、戸惑いを示して届くことはない。
自分が、どんな表情をしたのか分からない。
それに対して、あなたは優しく微笑んで温かな視線を向けた。
「帰って来る。今度こそ、“逃げるなよ”。」
あなたは無意識だったのかな。
今まで覚悟も無くて逃げ腰だったけれど、ジキを受け入れようと願った私が逃げたことはない。
逃げたのは違う前世での事……
ジキには、本当に前世の記憶はなかったのかな。
私と会った日、ジキは言った。
『何だ、この胸騒ぎのような感覚』
その日に惹かれたのだと。
魂に刻まれた想いは深く。
周辺の戦禍は激しく、民は恐怖に支配されていた。
戻らないジキの姿を見るものはなく、保っていた均衡はあっけなく崩れ去る。
戦から戻った傷だらけのイチシ。
彼女は私に詰め寄った。
ジキが死んだのは、私の所為だと……罵りの否定的な言葉の羅列。
彼女は口を開いた私の言葉尻を捕らえて、怒りを巧妙に誘う。
きっと……イチシは死を願っていた。
それも分からず、怒りに駆られて短刀を彼女に向ける。
受け入れるような彼女に、刃先は吸い込まれるようだった。
目を閉じ、手には衝撃と鈍い重み。
そっと目を開けると、体に刺さった短刀は更に生々しい感触を伝え、生暖かい血が両手に滴る。
手は震えて短刀を掴んだまま、視線をイチシに向けた。
目に入ったのは、本当に自分が刺した兄様の顔。
視界の端には、白い地に転がったイチシの姿があった。
瞬きも出来ず目を見開いた状態の私に、笑顔を向ける兄様。
「……サチ、気にしなくていい。見ろ、もう戦で体は傷だらけで命は尽きるところだった。」
いいえ、きっと命を左右する傷ではなかったはず。
だけど結果は同じ。
兄様の重みを受けながら、白い地に座り込み、ぼう然とする私に衝撃が走る。
胸元には矢尻。
体を貫いた矢は、同族の民の物。
恐怖心は、何と大きな力を生み出すのだろうか。
戦いを望まなかった民に、武器を握らせて人の命を奪うのだから。
ジキ、私は……サチは、あなただけを愛していたの。
兄様への気持ちは前世とは違う。
一つの終焉に、人への想いは変わらず純粋なまま。
願った幸せを得ることも出来なかった悲恋だけれど、生きた証。
これが平穏な時代であれば。
イチシが女でなかったなら。
シロが力を持っていなければ。
サチに力が引き継がれなければ。
きっと……もっと、ちがう未来があったはず。
望みは果てしなく足掻いて生きていく……