未知の世界6
翌日スッキリとした体で目を覚ますと、腕には点滴を打った跡があった。
まだ起きていない幸治さんを起こさないように、そっと出勤の準備をして家を出た。
玄関に進藤先生の靴があったから、たぶん他の部屋で寝ているんだろう。
よくあることなので、さほど気にとめず家を出た。
進藤先生から椎名先生に連絡が入れるって言ってたけど…
椎名先生になんて言われるんだろう。
やめとけって言われそうな感じがする。
『おはよー。かなちゃん。』
なんて考えていると、気づくいたら医局に着いていた。
今日も当直の先生から出勤早々声をかけられて、もしかしてと手元を見ると、
『そっちに回すねー』
と転送電話。
『椎名先生からー』
やっぱり…
「ありがとうございます。」
一言お礼を言って、受話器を取る。
「もしもし、おはようございます。」
『おはよう、とりあえず今からきてね。』
「は、はい。」
ふぅ・・・
早口で話されすっかり椎名先生のペース。
『おい、必ず、エレベーター使えよ。
正面玄関のある棟のエレベーターを使えば、まだ外来前だし利用者は少ないから。』
そう言うとすぐ電話は切れた。
ぶっきらぼうだけど、丁寧なところもある椎名先生。
まだ数日しか会ったことないけど、なんとなくわかったような、でも、わからない。
ただ、私がエレベーターを使わなかった理由を考えてくれただけで、嬉しい気持ちになって、呼吸器内科の検査室に向かった。
「さ、はじめるぞ。」
着くなり、丸椅子に座っていた椎名先生。
改めて朝の挨拶を済ませ、先生の反対側の椅子に座る。
すかさずカーテンを閉める椎名先生は、座るなり聴診器を出し始めた。
あれ、今日からの研修について、何も言わないのかな…
口に出して言えず、結局なされるまま聴診を受ける。
片手を背中に回され、聴診器で胸に穴が空くんじゃないかと思うほど強めに胸の音を聞かれる。
椎名先生の体も顔も結構近くて、緊張してしまう。
幸治さんが仲良くしている相手であるという理由では全く関係ないんだろうけど、幸治さんに負けないくらいのイケメンにここまで近いと、目のやり場に困る。
『おい』
「はい。」
その顔はものすごい怖い顔をしている。
そしてそれを見て、幸治さんの友達だと改めて思う…
『息を吸え』
あ。緊張のあまり呼吸するのを忘れていた。
『吸って』
椎名先生の言葉に合わせて息を深く吸う。
『吐いて』
ハーーー
と繰り返して終わると、聴診器を外した椎名先生が、姿勢を正してこちらを見た。
『岡本先生と進藤先生から聞いたけど、研修は続けたいんだって?』
「はい。」
『まぁ研修中には岡本先生がそばにいるし、家に帰れば幸治もいるし。大丈夫だろうけどな。
毎日吸入に来ることと、無理はしないことを必ず守ること。』
そう言って立ち上がった椎名先生は私の頭に手をやり、髪をくしゃくしゃとしてカーテンを開けた。
『あ、幸治から聞いたけど、食事が摂れてないんだって?
食欲ないの?』
一度立ち上がった椎名先生だったけど、もう一度椅子に座って私の目をみる。
「え、あ…。あまり時間がなくて。
それから、オペに緊張していて、お腹が空かなくて。」
はぁ、そんなこと言ってもわかってもらえないだろうな。
『まぁ、しょうがないな、それは。
時間さえあったら、必ず何か胃に入れるんだぞ。
じゃなきゃ、体力は持たないし、喘息がひどくなったら治療に耐えられないしな。』
「は、はい。」
矢継ぎ早に言われたけど、怒られた訳ではない…な。
普段、病気のことでは先生方から怒られてばかりいるから、怒られなかった場合に、どうしていいのかわからなくなってしまう。
診察と吸入は無事に終わり、今日の研修の一日が始まった。
『そうか、良かったな。無理するなよ。』
医局に戻って、一番に岡本先生に報告を済ませた。
『食事もしっかり摂るんだぞ。ってそれが一番難しいだろうけどな。』
ハハと言うと、引き出しから取り出した資料の山を渡された。
『これ、参考になるかわからないけど、過去5年以内のうちのオペで、まだ症例にも詳しく載せてない資料も入ってるから。
早川の分もコピーして勉強しろ。』
どっさりと両手に資料を載せられる。
「ありがとうございます。」
『そしたら急いで準備しろ。』
そう言われて時計を見ると、オペ開始まであまり時間がなかった。
既に医局内にたけるの様子はなく、慌てて資料を机に置くと、急いでオペ室に向かった。