未知の世界6
『かな、入るぞ。つっても、聞こえないんだった。』
幸治が病室に入ると、かなは目を開けたまま天井を見ているだけで、幸治には気付かなかった。
『かな、来たぞ。』
ヒョイっとかなの視界に入ってみたところ、
驚いたようで、思わず幸治に背を向けるように横になった。
『かな』
そう言いながら、かなの肩をトントンと叩く。
屋上での出来事があるからか、かなは幸治の顔を見ようとしなかった。
『冷やさないと熱が上がるぞ。』
と言いながら、机の上の氷嚢を突然かなの頬に乗せると……
「ギャアッ!!」
何も聴こえないかなは、突然頬を冷やされて、怯えるように布団を頭から被る。
『かな!大丈夫だから』
なだめてみるけど、聴こえない以上仕方なく…布団を思い切りはいでも、さらに怖がらせると思い、かなが出てくるのを待つ。
『はぁ……。』
マイナスからのスタートになってしまったと、幸治はため息をついた。
そして、しばらくして布団の中から寝息が聞こえてきたので、布団を外してみると、静かに眠っていた。
足先に付いていた計測器が外れていることに気づいた幸治は、はめ直して酸素濃度を測ると、若干低い数値が表示された。
部屋に置いてある酸素マスクをかなの顔にはめて、横を向いて寝かせると、左の頬に氷嚢を軽く当てみた。
本来なら点滴で解熱させ、十分な水分を補給させないといけないが、点滴も怖がるのでさせていない。
今は氷嚢だけが頼りになっていた。
『どうだ?』
静かに部屋に入ってきた幸治の父。
『ダメ……。』
『そうか……。そろそろ点滴付けないとな。』
そう言いながらかなの顔の方へ。
『かなちゃん、かなちゃん。』
両肩を優しくさすりながら、かなを起こそうとすると、かなの目がゆっくりと開いた。
目が開いて少しの間かなの顔を見つめる。
かなが目の前にいる父を認識したところで、スケッチブックをゆっくり広げる。そしてかなの目の前で分かるようにスケッチブックを指差した。
〜今のかなちゃんの状態を説明するね。 いいかな?〜
コクリと頷く、かな。
〜今は両耳の鼓膜が破れているよ。だから、周りの音が聴こえないと思う。
再びコクリと返事する。
〜数日間はこのままだけど、点耳薬と点滴を続けていたら、治るからね。
〜不安だろうけど、心配はいらないからね。
〜何か言いたいことがあったら、ホワイトボードとペンを置いておくから、書いてね。
〜ナースコールも押すだけで喋らなくていいからね。
〜今は微熱もあるから、頬を冷やして、熱を下げて腫れを引くことも大切だよ。
〜たまに酸素不足になってるから、マスクもしておこうね。いい?
あらかじめ書いてあるスケッチブックをゆっくりめくり、かなの返事を待ちながら少しずつ進めていった。
理解したのか、不安そうな顔は和らいでいた。
頬の氷嚢を診ると、幸治が手にしていることに気づいたかな。
ゆっくり起き上がろうとする。それを幸治が手伝う。
幸治に怖がることはなく、自分で氷嚢を手にして、冷やし始めた。
いつものかなに戻ったのかな、そう思わせる姿に、二人は安堵した。
そして机のホワイトボードを手に取ると、ペンを持って力のない字を書き始めた。
〜一人で大丈夫です。
そう書いたあと、氷嚢を吊るしにかけて、再びマスクをしたまま横向きになった。
それ以上二人とも会話を交わしたくないようだ。
安堵していた二人は一瞬にして寂しい気持ちになり、部屋を後にした。