未知の世界6
久しぶりに通常業務に戻ると、朝と夜しかいない医局の空間は懐かしく感じる。
『せんぱ〜い』
そう言って腕に巻き付いてくる直子を引きづりながら常温の天然水を一口飲む。
『ようやく一緒に仕事できますっ。』
うるうるした瞳で見つめてくる直子を見ていると、時間がゆっくり過ぎていくように思える。そして自分が病気でなかった頃を思い出す。
「ふふ」
なぜかその時の生活は辛いものばかりだったけど、今の自分の体と比べてしまい丈夫だったことが本当に幸せだったと思う。そして部活だってできた。
あの頃の辛い生活の中のわずかな楽しい時間を思い出すと、なぜだか不気味な思い出し笑いみたいなものが出てきた。
『なんですか?先輩……。』
うるうる目がさらに不思議そうな顔で近づいてくる。
こんな時の直子は素直に話さないといつまでも付きまとう。
「……直子と出会った高校時代は、今に比べて日常生活は最悪だったけど。」
『けど?』
「体はもっと丈夫だったなぁって。直子と部活もやって、ものすごい楽しかったなって思い出してね。」
言い終わると直子はさっきまでのうるうる目から、真面目な顔になっていた。
「ん?どした?」
『……先輩、あの頃に辛い思いしてたんですよね。
私、何も知らなくて……。
あの後もたくさん病気もして……。 』
「え?え?直子?
大丈夫だからね、私は大丈夫だから、直子が落ち込まないでっ。」
慌ててフォローしてみたけど、直子の心はとても純粋で、人の気持ちに左右されやすい。
『はい……。』
今にも泣き出しそうな直子を何とか持ち堪えさせることができた。
『先輩?』
「ん?」
『これからも元気でいて欲しいから……』
「うん。」
『ちゃんと吸入してくださいね。』
「え?」
『薬もちゃんと飲んでくださいね。』
「へ?」
直子に積極的に治療するように、念を押され驚いていると、
『一本やられたなっ。』
私たち二人しかいない医局の出入り口に、出勤してきた私の心臓の主治医の石川先生が笑っている。
そしてその後ろには、私の喘息の主治医の進藤先生が立っている。
『かなちゃん、おはよう。』
「お、おはよう…ございます。」
ここ最近外科での研修で、朝出勤しても医局にいないせいか、進藤先生とも会っていない。
喘息持ちの私には、一日一回の吸入をしないといけないんだけど、ここ最近そんな余裕はなかった。
それでだろう……ね。外科研修の終わった翌日早朝から、進藤先生がこの医局に来たのは。
『行こっか。』
え!?今から?
これから掃除にコーヒー出しに担当患者のカルテ確認に、病棟回診。
「いや…これからやることが」
『行ってこい。』
「はい。」
進藤先生と現れていた石川先生の一声で吸入行きが確定。
おいでおいでと手を招く進藤先生に渋々着いて行く。
あぁ、今日からまた……。