恋じゃない愛じゃない
「あ、いいよ」
「いえ、払います、僕が」
「いいからいいから」
「いえ、いいです、なに遠慮してるんですか」
「ほら、わたし年上だし」
「いいですよ、男だから払いますよ」
「男だからとかじゃなくて……ほら、陽央くんバイトのシフト増やしてたし、お金必要でしょ?」
「いえ、べつに。安田さんこそ自分のために使ってくださいよ、そのお金」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「ほらさ、ほらさ、わたし年上だからさ」
「それにたぶん、可処分所得ずっと僕のほうが多いです」
「……じゃあ、ワリカンにして端数をさ、端数を陽央くんが持つってどう?」
「じゃあ安田さん、千円で」
「それは端数じゃないよ、ざっくりしすぎ。いいから年上の言うことは聞けよ」
つまさき立ちして、言うことを聞かない相手の両頬を抓り引っ張れば柔らかい頬が左右に伸びる。
「わかりました、じゃあ、はてぃも、安田ひゃん、2千円で」
痛そうに涙目になるも、ぐっとこらえる様子の相手におかしそうに微笑めば、抓っていた頬を開放してやる。
陽央くんは、ソファに身をちぢこまらせて座り、昆虫みたいに細長い足を折り畳んで座っているそんな様子が、無機質な空間に映える。
わたしがコートを脱ぎはじめると、ソファに座っていたのに飛んできた。
「掛けます」
「ん、ありがとう。気がつくね」
「だってなんかやってあげたいって思って」
陽央くんは目尻を下げながら、コートをハンガーに掛けている。
「尽くすの、好きなタイプだ」
「わかんないけど、そうかもしれません」
「忠犬タイプ」
「あっ、それはわかんないですけど、安田さんに忠犬って言われた瞬間、ちょっと体にウズウズ」
「マゾなんじゃん」
「いや、自分にこんな一面があるなんて」
わたしはベッドに腰かけて、ルームサービスのメニューをなんとなく眺めた。
隣をポンポンと叩く。来い、という意味だ。
彼は素直に従う。ギシリ、とベッドのお尻の下が軋み、彼はビクリと身を竦めた。自分が身じろいだから起きた音なのに。
無意識のうちに、わたしは陽央くんの顔を間近に覗き込んでいた。そろそろと手を伸ばし、乱れた前髪を指先で整えてみる。僅かに触れた額は滑らかで、そのまま、ずっと撫でていたいような気にさせられる。
彼は目を閉じる。
でも唇を近づけて来ない。お姫様みたいに待っていた。
わたしから唇に唇を重ねると、触れた瞬間、カサリとした感触が、わたしの唇に伝わって、触れた時同様にそっと離れると、陽央くんが微かに唇を震わせたような気がした。
それから恥ずかしそうに目を伏せてるところもお姫様みたいだった。
「安田さんの唇、柔らかかった」
「陽央くんの唇は見た目のわりに、かさついてたね」
「リップクリームつけます」
なんだかまぬけなやり取り。
そうじゃないだろう、と思う。
「ほしくないの?」
「あっ、いえその、」
「うん」
「次に、どうすればいいのか、よくわかんないんですけど」
「え、」
「なにをどれくらいすればいいのかとか」
「そうなんだ? したいことをすればいいんじゃない?」
「うーん。そこが」
「なにをしたいのかがよくわかんない?」
「うん」
「ふーん」
何気なしに、腕から肩、肩から首、耳へと指を滑らせた時に、陽央くんが、ん、と声をあげた。
「あ、これきもちいい?」
「かもしれません」
「じゃあ、もっとやってあげる」
彼を横たわらせて、その上に重なる。
「あんまり気にしないで。わたしだって未だにやり方よくわからないよ、っていうか、正しいやり方なんてないから。大丈夫」
「うん、ありがとう」
耳の溝にそって指を走らせると、陽央くんの体がびくっと飛び上がって、手がわたしを探し、ぎゅっと、空いている片手を握ってきた。
「いえ、払います、僕が」
「いいからいいから」
「いえ、いいです、なに遠慮してるんですか」
「ほら、わたし年上だし」
「いいですよ、男だから払いますよ」
「男だからとかじゃなくて……ほら、陽央くんバイトのシフト増やしてたし、お金必要でしょ?」
「いえ、べつに。安田さんこそ自分のために使ってくださいよ、そのお金」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「ほらさ、ほらさ、わたし年上だからさ」
「それにたぶん、可処分所得ずっと僕のほうが多いです」
「……じゃあ、ワリカンにして端数をさ、端数を陽央くんが持つってどう?」
「じゃあ安田さん、千円で」
「それは端数じゃないよ、ざっくりしすぎ。いいから年上の言うことは聞けよ」
つまさき立ちして、言うことを聞かない相手の両頬を抓り引っ張れば柔らかい頬が左右に伸びる。
「わかりました、じゃあ、はてぃも、安田ひゃん、2千円で」
痛そうに涙目になるも、ぐっとこらえる様子の相手におかしそうに微笑めば、抓っていた頬を開放してやる。
陽央くんは、ソファに身をちぢこまらせて座り、昆虫みたいに細長い足を折り畳んで座っているそんな様子が、無機質な空間に映える。
わたしがコートを脱ぎはじめると、ソファに座っていたのに飛んできた。
「掛けます」
「ん、ありがとう。気がつくね」
「だってなんかやってあげたいって思って」
陽央くんは目尻を下げながら、コートをハンガーに掛けている。
「尽くすの、好きなタイプだ」
「わかんないけど、そうかもしれません」
「忠犬タイプ」
「あっ、それはわかんないですけど、安田さんに忠犬って言われた瞬間、ちょっと体にウズウズ」
「マゾなんじゃん」
「いや、自分にこんな一面があるなんて」
わたしはベッドに腰かけて、ルームサービスのメニューをなんとなく眺めた。
隣をポンポンと叩く。来い、という意味だ。
彼は素直に従う。ギシリ、とベッドのお尻の下が軋み、彼はビクリと身を竦めた。自分が身じろいだから起きた音なのに。
無意識のうちに、わたしは陽央くんの顔を間近に覗き込んでいた。そろそろと手を伸ばし、乱れた前髪を指先で整えてみる。僅かに触れた額は滑らかで、そのまま、ずっと撫でていたいような気にさせられる。
彼は目を閉じる。
でも唇を近づけて来ない。お姫様みたいに待っていた。
わたしから唇に唇を重ねると、触れた瞬間、カサリとした感触が、わたしの唇に伝わって、触れた時同様にそっと離れると、陽央くんが微かに唇を震わせたような気がした。
それから恥ずかしそうに目を伏せてるところもお姫様みたいだった。
「安田さんの唇、柔らかかった」
「陽央くんの唇は見た目のわりに、かさついてたね」
「リップクリームつけます」
なんだかまぬけなやり取り。
そうじゃないだろう、と思う。
「ほしくないの?」
「あっ、いえその、」
「うん」
「次に、どうすればいいのか、よくわかんないんですけど」
「え、」
「なにをどれくらいすればいいのかとか」
「そうなんだ? したいことをすればいいんじゃない?」
「うーん。そこが」
「なにをしたいのかがよくわかんない?」
「うん」
「ふーん」
何気なしに、腕から肩、肩から首、耳へと指を滑らせた時に、陽央くんが、ん、と声をあげた。
「あ、これきもちいい?」
「かもしれません」
「じゃあ、もっとやってあげる」
彼を横たわらせて、その上に重なる。
「あんまり気にしないで。わたしだって未だにやり方よくわからないよ、っていうか、正しいやり方なんてないから。大丈夫」
「うん、ありがとう」
耳の溝にそって指を走らせると、陽央くんの体がびくっと飛び上がって、手がわたしを探し、ぎゅっと、空いている片手を握ってきた。