恋じゃない愛じゃない
目を閉じる、眠れそうにない夜は、不安と想像の世界に身をゆだねながら、わたしはわたしの「カラダの音」を聞く。

「……なんで耳を塞いでいるの?」と隣からくぐもった声。

枕に頭を沈める2人が、見つめ合う。

「僕、イキビはかかない自信あります」と言った彼にわたしは、違う違うこれはね……と話はじめた。

わたしが「カラダの音」を発見したのは小学4年生のときだった。不正規のところから借金をしていること、さらに未婚で片親、ということが知れ渡り、いわゆる、仲間はずれ、といういじめに遭遇した。

なんとも言い難い疎外感とから逃げ出したい思いが、やがて、現在からの逃避、そして自身の再確認へと繋がったとき、わたしは自然と耳を塞いでいた。

耳を塞ぐと言っても、手のひらを両耳に添えるのではない。中指を使って、耳の穴をしっかりと塞いでしまうのだ。耳の縁の、穴に近い部分にある出っ張りを利用して塞ぐのもいい。そうして外の音が入って来ないようにしっかりと耳を塞ぐと、普段は聞きなれない篭った音が聞こえてくる。それが「カラダの音」。目をとじてじっくりと耳を澄ますと、血液の流れる音や心臓の鼓動、つまりわたし自身の発する音が聞こえてくる。

それに気づいたとき、わたしはわたしを再確認した。自分で自分の存在を認めるためには、その方法が一番手っ取り早かった。

以来、わたしは不安で眠れない夜は耳を塞いで「カラダの音」を聞くようになった。

夜な夜な「カラダの音」を聞いている女なんて不気味がられたら嫌だな、という不安もあったが、なぜかいま正直に話してしまった。

しかし、彼は嫌そうな顔ひとつせず、「じゃあ、その音、僕にも聞かせてください」

そう言って、わたしの片耳に自分の片耳をぴったりとくっつけてきた。

共に、目を閉じて、顔と顔、彼の左耳とわたしの右耳をぴったりと寄せ合って、もう片方の耳の穴はそれぞれ自分の中指で塞いだ。じっと、じっと、耳を澄ますと、微かだがわたしの体の音に彼の体の音が重なって聞こえた気がした。

「……上手く、聞こえないですね」

と彼は言った、わたしは、微かに聞こえたよ、と告げず、うん、軽く頷き返した。

その夜は、裸のままお互いの耳に軽く手を添えて眠りについた。

「カラダの音」を聞く。

その少し変わった行為を彼に話したとき、少し心が軽くなった気がした。

   *

そう思った昨日のわたしを夜明けまで正拳突きしたい。

ハッと目が覚め、体を起こすと陽央くんと、彼の荷物がないことに気付き、スマホをチェックするも、連絡なし。

まさかと思い、身支度をしていると、部屋の電話が鳴り、出ると、「彼女はもう少し寝ていくので、時間になったら電話してあげてください」と伝言して出て行ったらしい。

帰りの電車に揺られていると、『おはようございます。』と陽央くんからLINEが来た。

──『予定が急に出来たので先に帰りました。ごめんなさい。気持ち良さそうに寝てたから起こさず出ました。』

既読無視した。

昨日はわたしが彼の主導権を握っていると思っていたが、わたしのほうが彼の手のひらでいいように踊らされるのかもしれない。





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