恋じゃない愛じゃない
思わず見入ってしまうくらいのにじみ出る愛らしさでほかのスタッフも骨抜きにする彼を、みんなは、苗字の内金崎(うちかねざき)ではなく、陽央(ひお)くんと呼ぶ。

どんなに忙しくてもいつも笑顔でほかのスタッフへと対応している彼から、笑顔は、一緒に働く仲間へのエールだと実感させれられた。不意なトラブルや心が折れそうなとき、自分はあなたの味方です、というメッセージがどんなに深いものか知った。

カランコロンとドアに取り付けられたカウベルが、どこか懐かしい音を立てて鳴り響き、同時にギッと軋む音を立ててドアが開いた。

「お待たせいたしました、いらっしゃいませ」

陽央くんが笑顔でお客様を出迎え、人数を聞くと席まで案内する。

その間にほかのホールやキッチンスタッフも、きちんと目を見てお客様へ挨拶をするのが決まり。

4人組の20代前半と思われる若い女性グループだった。

その瞬間、嘆息のような最小限に止めた黄色い悲鳴のようなものが聞こえ、一瞬ざわつく。並んでいた女性の1人が「ね! かわいいよね!」と横にいる友人と思われる女性に話しかけている。

それは見慣れたいつもの光景だ。ここへは彼目当てのリピーターもけして少なくはない。

それから陽央くんは料理や飲み物をサービスする間、いつものように色々質問攻めにあっているようで、その答えに一同喚声があがったり、写真撮影を頼まれたりと、盛り上がっていた。

お客様とお店のスタッフとのコミュニケーションは大事だ。けれど、そこまでならまだいいのだが、たまに勤務中に彼を店外に連れ出して話をしたり、これから出勤するために店に来た私服の陽央くんを捕まえて外に連れ出してしまい、彼が遅刻をしてしまうこともあった。

さすがに陽央くんも最初はお断りをするようだが、そういうことをする人達は話を聞いてくれるタイプではなく、脅すような言い方をしてくるそうなので怯んでしまっている。

たとえ常連であろうと、営業妨害行為を許してはいけないし、前に、店長から注意してもらうべきだよ、と彼に言ったことがあったけれど、「心配してくださってありがとうございます」と、その笑顔に完全に誤魔化されてしまった。

お客様の帰り際の会話が聞こえてくる。

「ここって料理の味は正直普通だけど、陽央くんに会いたいからついつい来ちゃうよねぇ」

わたしは、少し胸中が複雑なものに変わってしまい、思わず額に手をやった。

入れ替わり立ち替わりお客様は来店する。

ハンバーグステーキのミンチ肉をひたすら捏ねる。肉の旨味を逃げにくくするのと、脂が溶けることで、酸化が進み、傷みやすくなるから肉はとても冷たい。手の感覚がなくなり始めていた。
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