恋じゃない愛じゃない

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雑誌などを見てもわたしは、自分に合うのがどんなメイクなのかよくわからない、化粧品はやたら高いし、なんとなく避けてきた、と言ったほうが正しい。

普段の化粧と言えば、BBクリームを塗って眉毛を少し描いて、チークして、口紅を塗って終了の、なんというかほとんど自分の意志はなく、半ば義務的に、人と会うなら少しはなんとかしないと、と思ってやってるみたい。

メイクが上手な人を見ると、どうやってそこにたどり着いたの? なんでそのメイクが自分を一番可愛く見せるってわかったの? と思う。 

まあ、試行錯誤しないといけないと言われればそれまでなのだが、いかんせんお金がかかるし、トライアル&エラーに出すお金もない。

と、いうものの、今夜はみんなの天使、陽央くんとの約束があるのでいつもよりしっかりメイクをする。

いつものドラッグストアで買うものではなく、デパコスで統一。

以前、すっぴんマスクで、髪の毛一本縛り、ジーパンで伊勢丹内のイプサにふらりと立ち寄りコンシーラー見ていたらBAさんが声をかけてくれ、すっぴんだからスキンケアからベースメイクからチークも眉も全て丁寧に教えてくれた。イプサは、いくつか肌の悩みや現在の状況についての質問に答えた後、肌の水分量や皮脂分泌の測定をする肌診断もしてくれるし、比較的値段も安いから行きやすいと思う。

わたしは自分でも自覚しているが、少し変わった順番でメイクをするのだ。こだわり、と言えば、こだわりだろうか。

洗顔をすると、すぐ化粧水、部屋へ行き、乳液をし、着替えをしつつ、下地、着替え、メイク(リップメイク以外)、ヘアセットで最後、リップメイクをする。ポイントは化粧水・乳液・下地などを塗る際に時間を開けること、そのために着替えをしながら塗るようにしていた。こうすることで化粧崩れがかなりなくなる。さらに着替えてからヘアセットすることでセットが崩れないようにして、その後リップメイクだ。

オススメのコスメは下地の時点で明るく見えた。

続いてファンデーションものせてると、なんだかいつもより綺麗な肌になった。

正直、いつも使っているファンデより色は濃いかなと思ったが、実際に塗ってみると上手いことニキビ痕や赤みを隠してくれて、結果としていつもより肌が明るく見えた。

たまにではなく、こうして毎日使えば肌の状態が少しでも改善されていくのだろうか。しかし、高いのに肌に合わなかったり、すごいいろいろ勧められて逃げにくかったり、アンケートをお願いされ、お知らせのメールが多かったり、結局もったいなくなってしまい、ドラッグストアで十分になってしまう。

服は白地にボタニカル柄のワンピースと、ヒールのあるキャメルのサンダルを合わせることに決める。ノースリーブで華やかなプリントのワンピースは、夜でも映えるだろう。小ぶりなブラットオレンジ色のバッグも夏を先取りした感じでいいかもしれない。

シャギーやらレイヤーやらがたっぷり入った毛先は痛んでスカスカ、白っぽくなっている肩まで伸びた髪はそのままに、愛用のクロエのオードパルファムを少量、耳たぶに吹きかけた。

夜になるとわたしの場所、繁華街は、少しばかりお洒落な雰囲気を醸し出す。古びたビルも夜になれば古いのか新しいのかわからなくなるし、ネオンに彩られた街というのはなかなか美しいものなので、たとえそれが欲にまみれた繁華街から洩れる子供の宝箱のような安っぽい光だとしても光は光、暗いところのない光だ。人でごった返し、食べ物や街の臭いより、人の体臭や香水といった人的な要素により空気が汚れ、雑多な臭いが入り混じり清浄とは言えない臭い。

自分もその一部なのだ。


待ち合わせ場所の、駅前広場のど真ん中にある噴水は、昼間は平和に水飛沫を上げ、噴き出す水は白い泡にかたちを変え、重力にしたがって落ちていくだけだが、夜になると色鮮やかにライトアップされる。

流れていく人々の間から、その噴水前で、ピシッと背を伸ばし、スッと綺麗に佇む1人の男性が目に留まった。インディゴブルーのシャツと、グレイのスラックスというシンプルなコーディネートがいい。

じろじろ見ていたのに気づいたのか、彼もちらりとのぞいてくる。

完全に目が合うと、普段はだいぶ印象が違う、ワックスで撫で付けた髪の頭を照れくさそうに掻く陽央くん。

距離を詰めると、まず顔を見られ、胸元を見られ、スカート下の脚を見られる。品定めされているような気がした。目を細めて、いい……と、呟いた彼は深々と頭を下げる。

「来てくれて、ありがとうございます」

「約束したからね」

「……約束。そうですね、約束しました」陽央くんは目をますます細くしながら、柔らかな笑みを浮かべたので、つられて目を細めてしまう。くすぐったい。
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