恋じゃない愛じゃない
休日だったので、お昼のピークが過ぎた頃には、食べ残しを棄てるためのカゴの中身が山盛りになり、もう入れられないほど溜まっていた。わたしはそれを、可燃ゴミの袋に入れようと持ち上げようとしたが、なかなか持ち上がらずひとりで格闘。すると、その様子を見ていた同じキッチン担当の男の先輩が、「おいおい、大丈夫か?」と声をかけてきた。
「遠藤さんっ、持ち上がらないです、たすけてください……」
「はあ?」
助けを求めたが、そんなんも持てないのかよ、といった感じに軽くあしらわれ、遠藤さんは行ってしまった。が、しばらくして「しょーがねーなぁ」とキッチンで使う手袋まではめて、戻って来てくれ、そして、サッとカゴを持ち上げ中身を棄てると、カゴの周りも水で綺麗にしてくれた。
遠藤さんの奥さんは無事元気な赤ちゃんを産んだ。ニッと心底嬉しそうに笑ってスマホの写真も見せてもらった。女の子だった。「妻の腹から俺が出てきたと思った!」らしいが、生まれたばかりはどう見てもガッツ石松だった。それから、ガッツ石松、モンチッチ、おかめ納豆、遠藤さんになっていく様子は面白かった。二重あご、むちむちした太もも、短い手足、遠藤さんとは違うけれど、なぜこんなに、というくらい遠藤さんに似ていた。夫婦そろって子供を強く望んでいたらしく、すでに妊娠・出産に関するいろんな本を揃えていたり、病院に目星をつけ、子供のためにずっと貯金もしていたらしい。結婚当初から奥さんを大切にしていたけれど、妊娠してからはより大切にするようになった。「俺、親バカになるかもなぁ。だって絶対可愛いべ」と、生まれる前からデレデレしていた。
いまはもっとデレデレだ。
「ここは俺がやっとくから安田さんはちょっと早いけど休憩入りなよ」
「いいんですか」
手をひらひらと振って、あっちへ行け、と仕草で示す遠藤さんにお礼を言い、休憩室に向かうと彼と鉢合わせた。
「陽央くんもちょうど休憩?」
「はい、そうです」
まかないを持って休憩室に入ると店長とバイトの鹿野さんがなにやら言い争っていた。
「店長! あいつ。ベーキン。出禁してくださいよ!」
「うーん……でもなにか問題が起きてるわけじゃないし、売上げに貢献してくれるのは店としては有り難いんだよね」
「なにか起こってからじゃ遅いんですよ! 陽央くんのことずっと見てて、あんなの視線のレイプですよ!」
「え、そ、そういうのあるの?」
「そうとしか思えないんです! 陽央くんだって嫌だよね?」
「あのお姫様みたいな格好の人ですか? 僕はべつに嫌じゃないですよー」
そう陽央くんに、スパッと一刀両断されてしまい、ぐぬぬと納得出来ない表情をしている鹿野さん、鹿野莉沙(かのりさ)さんは、わたしと同時期くらいにこの店へ入って来た。担当はホールだが。
鹿野さんは、化粧もしていない、髪も染めていない、自然体女子だ。でも元々綺麗な顔をしているので、ダサくはない。メイクバッチリで派手でもなければ、女を捨てていて地味でもない。
蛍光灯の明かりの下で、彼女の髪がつやつやに光っている。高く括った長い髪の毛が尻尾のように揺れる。これをほどくと、シャンプーの宣伝に出てきそうな綺麗な髪がお目見えするのだ。ひどく、この髪に憧れる。彼女の髪にはきっと枝毛なんてないのだろう。
「遠藤さんっ、持ち上がらないです、たすけてください……」
「はあ?」
助けを求めたが、そんなんも持てないのかよ、といった感じに軽くあしらわれ、遠藤さんは行ってしまった。が、しばらくして「しょーがねーなぁ」とキッチンで使う手袋まではめて、戻って来てくれ、そして、サッとカゴを持ち上げ中身を棄てると、カゴの周りも水で綺麗にしてくれた。
遠藤さんの奥さんは無事元気な赤ちゃんを産んだ。ニッと心底嬉しそうに笑ってスマホの写真も見せてもらった。女の子だった。「妻の腹から俺が出てきたと思った!」らしいが、生まれたばかりはどう見てもガッツ石松だった。それから、ガッツ石松、モンチッチ、おかめ納豆、遠藤さんになっていく様子は面白かった。二重あご、むちむちした太もも、短い手足、遠藤さんとは違うけれど、なぜこんなに、というくらい遠藤さんに似ていた。夫婦そろって子供を強く望んでいたらしく、すでに妊娠・出産に関するいろんな本を揃えていたり、病院に目星をつけ、子供のためにずっと貯金もしていたらしい。結婚当初から奥さんを大切にしていたけれど、妊娠してからはより大切にするようになった。「俺、親バカになるかもなぁ。だって絶対可愛いべ」と、生まれる前からデレデレしていた。
いまはもっとデレデレだ。
「ここは俺がやっとくから安田さんはちょっと早いけど休憩入りなよ」
「いいんですか」
手をひらひらと振って、あっちへ行け、と仕草で示す遠藤さんにお礼を言い、休憩室に向かうと彼と鉢合わせた。
「陽央くんもちょうど休憩?」
「はい、そうです」
まかないを持って休憩室に入ると店長とバイトの鹿野さんがなにやら言い争っていた。
「店長! あいつ。ベーキン。出禁してくださいよ!」
「うーん……でもなにか問題が起きてるわけじゃないし、売上げに貢献してくれるのは店としては有り難いんだよね」
「なにか起こってからじゃ遅いんですよ! 陽央くんのことずっと見てて、あんなの視線のレイプですよ!」
「え、そ、そういうのあるの?」
「そうとしか思えないんです! 陽央くんだって嫌だよね?」
「あのお姫様みたいな格好の人ですか? 僕はべつに嫌じゃないですよー」
そう陽央くんに、スパッと一刀両断されてしまい、ぐぬぬと納得出来ない表情をしている鹿野さん、鹿野莉沙(かのりさ)さんは、わたしと同時期くらいにこの店へ入って来た。担当はホールだが。
鹿野さんは、化粧もしていない、髪も染めていない、自然体女子だ。でも元々綺麗な顔をしているので、ダサくはない。メイクバッチリで派手でもなければ、女を捨てていて地味でもない。
蛍光灯の明かりの下で、彼女の髪がつやつやに光っている。高く括った長い髪の毛が尻尾のように揺れる。これをほどくと、シャンプーの宣伝に出てきそうな綺麗な髪がお目見えするのだ。ひどく、この髪に憧れる。彼女の髪にはきっと枝毛なんてないのだろう。