恋じゃない愛じゃない
夜勤の人と交代の時間。

「ちょっと! これ見てくださいよ!」

鹿野さんがスマホを持って休憩室にいる者全員に言う。

「これ……ベーキンですよね?」

SNSでこの店を検索をかけると、来店した人の書き込みが見つかる。そして幾つか引っかかった中で鹿野さんはピンとくるものを見つけたらしい。

「『前世薔薇姫from聖苑オトメ』ってユーザー検索してみてください」

おのおのスマホを持ち、鹿野さんの言うとおり操作する。すぐにそのアカウントは見つかった。鍵もつけていない。アイコンは小学生の頃流行った懐かしいキャラクターだった。

「しかもユーザー名が@hio_loveになってるんですよ!」と鹿野さんが言う。

呟きをスライドする。

『今日は今月◯回目の来店
今月は王子サマにいっぱい会えて嬉しい!』
『でもちょっと不安......あんなアツアツの鉄板運んでアブナイよぉ』
『王子サマの緊張してるの見てると、伝わってきちゃうんだ......ワタシもナイーヴなところあるからね、人の、伝染っちゃうんだよね。ドキドキ』
『王子サマさすがにちょっとお疲れモード?で心配でした……クマとか出来てるし。なんか元気無かった』
『そりゃそうだよね、連勤◯日目だもん
追いかけるほうも大変デス(もちろん全通してます♪) 』
『でもワタシの存在に気づいてくれたみたいで一瞬目が合って、その時ふっと表情がゆるんだの!ワタシの顔を見てホッとしたんだと思う!』

もしこれが本当に彼女のアカウントなら、陽央くんがこの場にいなかったのは不幸中の幸いか。

「うわ、マジかよ……」「ヤバすぎ」「寒気がするな」「目が合ったって、おめでたいにもほどがあるよ」

みんな口々にしゃべり、ざわつく。

呟きと彼女の来店した日、すなわち陽央くんのシフトは一致している。最新の呟きは、『野菜ドリアとビーフシチューおいしかった!でもまた太っちょうカナ......今月中に目指せ5キロ減!』だった。

「だいたいベーキンって服は若づくりしてるけど、ほうれい線にファンデーションの粉が溜まる、お肌の曲がり角を曲がりきった年齢ですよ。親子ぐらい歳の差で、ほんとキモチワルイ……」

わたしはこの中では傍観者だけれど、このやり取りは、何年も前なのに、自分が小学生だったときのクラスでのやり取りを思い出し、お風呂のお湯を飲んでしまったときのようないやーな感じがした。

そのあとすぐに店長が騒ぎを聞きつけ、その場はお開きとなった。
< 29 / 33 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop