恋じゃない愛じゃない
「……安田さん!」
陽央くんの手が、わたしの肩を掴んだ。わたしを揺さぶる腕。上から見下ろしてくる顔。
「平気。ちょっとびっくりしただけだよ」
ごめんね。そっちもびっくりしたよね。と言うと陽央くんは無言で、ふるふる首を横に振った。頭上でしょんぼりと伏せられた耳とだらんと垂れた尻尾が見えてしょうがない。
ちらり、買い物かごをのぞき見する。
アーモンドチョコレートとポッキー、ビスコ、不二家の棒つきキャンディの袋、クマのかたちをしたハリボーのフルーツグミ、太陽のマークの牛乳プリン。たくさんの甘いもの。しかし、それらに混じって異彩を放つ、お菓子の箱とも違うやたらと派手なパッケージ。
「あっ」
わたしの視線に気づき、小さく叫んで彼の身体がビクリと揺れ動く。サッと買い物かごを後ろ手に隠したが、さすがに遅い。
のぞき見してしまったのは悪いが、こんなものが入っててわたしに近づいてきた陽央くんも陽央くんだ。
驚きはない、ちょっと意外というか、こういうものを買うあたり、犬なんかじゃなくて、ちゃんと人間の男なんだ、あ、でもオオカミではあるのか。なんて考える。
これにより羞恥も加わってますます萎縮してしまった彼はだんまりしままなので、わたしが努めて普通に振る舞おうと切り出す。
「陽央くん、カノジョ出来たんだ?」
「え……?」
「あ、もしかして、まだ付き合う前だった? でもこういうのを事前に用意しとくって大事だもの。やる気満々とかじゃなくてね、もしものときのためにね。女の子だけじゃなくて自分を守ることに繋がるわけだし」
だから、なにも恥ずかしいことは、と言いかけて、目の前の彼の異変に気づく。首まで赤く染めていたのに、みるみる青くなっていく顔色。
「僕には安田さんしかいないのに、なんでそんなこと言うんですか……」
その声は震えと潤みがあり、眼球の上をうっすらと水分が揺れている。
「……じゃあ、これって」
「いつも、その、ホテルじゃ、ないですか……。だから、いつかもしかしたら、そうじゃないときのために……」
声もだんだんトーンダウン。最後のほうは消えてしまいそうな声だった。
要するに陽央くんにはカノジョのカの字もなく、これを使われる予定だったのは、ご多分に漏れずわたしで、あんなにべらべらしゃべってしまい、少しばつが悪い。
沈黙はすぐ、舌打ちによって破られた。雑誌の整頓をしていた前髪の長い店員が横を通り過ぎる。
話を聞かれてしまったのだろう。こんなところで話すことではなかった。自分が思っている以上に動揺してしまったのかもしれない。……はぁ、と息をついて、わたしはドリンク類が置かれた冷蔵庫へすたすた歩く。そしてアルコールの冷蔵庫のドアを開ける。冷気が散らばり、肌寒い。350mlの缶を2本取り出す。金色のエビスに、薄い水色背景にピカソみたいなネコのデザインが特徴の水曜日のネコ。これは発泡酒だけれど、ホップの苦味が少なくフルーティなのでビール初心者でも飲みやすい。
それを持って陽央くんの元に戻る。その場から動かないでいてくれたようだ。
買い物かごの中の、牛乳プリンの太陽もキャンディのペコちゃんもビスコの子供のキャラクターも、こんなわたしたちを笑っているみたいに見えた。派手な色合いの箱はなに食わぬ顔でそこにいる。
缶を放り込む。ぽかんとする陽央くんのかごを持っていないほうの腕を掴んで引っ張る。
「やっぱりチョコレートにはワインだよね。グラス1杯5000円のワインも美味しいけど、コンビニのワンコインワインもなかなかいけるよ」
陽央くんの手が、わたしの肩を掴んだ。わたしを揺さぶる腕。上から見下ろしてくる顔。
「平気。ちょっとびっくりしただけだよ」
ごめんね。そっちもびっくりしたよね。と言うと陽央くんは無言で、ふるふる首を横に振った。頭上でしょんぼりと伏せられた耳とだらんと垂れた尻尾が見えてしょうがない。
ちらり、買い物かごをのぞき見する。
アーモンドチョコレートとポッキー、ビスコ、不二家の棒つきキャンディの袋、クマのかたちをしたハリボーのフルーツグミ、太陽のマークの牛乳プリン。たくさんの甘いもの。しかし、それらに混じって異彩を放つ、お菓子の箱とも違うやたらと派手なパッケージ。
「あっ」
わたしの視線に気づき、小さく叫んで彼の身体がビクリと揺れ動く。サッと買い物かごを後ろ手に隠したが、さすがに遅い。
のぞき見してしまったのは悪いが、こんなものが入っててわたしに近づいてきた陽央くんも陽央くんだ。
驚きはない、ちょっと意外というか、こういうものを買うあたり、犬なんかじゃなくて、ちゃんと人間の男なんだ、あ、でもオオカミではあるのか。なんて考える。
これにより羞恥も加わってますます萎縮してしまった彼はだんまりしままなので、わたしが努めて普通に振る舞おうと切り出す。
「陽央くん、カノジョ出来たんだ?」
「え……?」
「あ、もしかして、まだ付き合う前だった? でもこういうのを事前に用意しとくって大事だもの。やる気満々とかじゃなくてね、もしものときのためにね。女の子だけじゃなくて自分を守ることに繋がるわけだし」
だから、なにも恥ずかしいことは、と言いかけて、目の前の彼の異変に気づく。首まで赤く染めていたのに、みるみる青くなっていく顔色。
「僕には安田さんしかいないのに、なんでそんなこと言うんですか……」
その声は震えと潤みがあり、眼球の上をうっすらと水分が揺れている。
「……じゃあ、これって」
「いつも、その、ホテルじゃ、ないですか……。だから、いつかもしかしたら、そうじゃないときのために……」
声もだんだんトーンダウン。最後のほうは消えてしまいそうな声だった。
要するに陽央くんにはカノジョのカの字もなく、これを使われる予定だったのは、ご多分に漏れずわたしで、あんなにべらべらしゃべってしまい、少しばつが悪い。
沈黙はすぐ、舌打ちによって破られた。雑誌の整頓をしていた前髪の長い店員が横を通り過ぎる。
話を聞かれてしまったのだろう。こんなところで話すことではなかった。自分が思っている以上に動揺してしまったのかもしれない。……はぁ、と息をついて、わたしはドリンク類が置かれた冷蔵庫へすたすた歩く。そしてアルコールの冷蔵庫のドアを開ける。冷気が散らばり、肌寒い。350mlの缶を2本取り出す。金色のエビスに、薄い水色背景にピカソみたいなネコのデザインが特徴の水曜日のネコ。これは発泡酒だけれど、ホップの苦味が少なくフルーティなのでビール初心者でも飲みやすい。
それを持って陽央くんの元に戻る。その場から動かないでいてくれたようだ。
買い物かごの中の、牛乳プリンの太陽もキャンディのペコちゃんもビスコの子供のキャラクターも、こんなわたしたちを笑っているみたいに見えた。派手な色合いの箱はなに食わぬ顔でそこにいる。
缶を放り込む。ぽかんとする陽央くんのかごを持っていないほうの腕を掴んで引っ張る。
「やっぱりチョコレートにはワインだよね。グラス1杯5000円のワインも美味しいけど、コンビニのワンコインワインもなかなかいけるよ」