恋じゃない愛じゃない
上着とバッグがそのへんに放り投げられ、積み重なった脱ぎっぱなしの服、チラシやら電気や水道の明細書やら累積したさまざまなものをより分けながら、けもの道を進んでいく。
食器がそのままに放置されたステンレスの流し台からいつも使っているマグカップを救い出して、水道でざっとすすぐ。そのまま水道水を注ぎ、飲み下した。
相変わらず汚い部屋と目の前の惨状、というほどではないが、テーブルの上に広げていたお菓子やおつまみはほとんどなく残骸だけが散乱している。そして、下の階の女将さんから沖縄旅行土産に貰った泡盛「菊之露」の牛乳割りがいたくお気に召したのか、おかわりを繰り返すと、普段とは質の違う笑い声を発しながらゆらゆらと揺れ動いている陽央くんの様子が目に入った。
「……麗花さんが3人いる。かわいい。ひとりくださぁい」
酔いが回って視界がぼやけているのか、顔を赤くした陽央くんがこちらの顔を見ながらそう言い放つと重たそうな頭をテーブルに突っ伏す。拍子に彼の手のなかにあるグラスが、肝が冷えるほど揺れた。テーブルの上に小さな白濁した水たまりがいくつか出来上がる。空になった缶ビールもからからと倒れ、テーブルの上のワインの空きビンが転がり、色々なものが散乱している床に落ちて音を立てた。さいわい割れてもいないしヒビも入っていないようだった。
自分のほうが、見た目も性格もよっぽど美しいというのに。それを本人に告げたところで否定の言葉が返ってくるのはわかってはいるが、兎にも角にも、いまは陽央くんからは早々にお酒を取り上げなければならない。
「呑みすぎ。ていうか、わたしは陽央くんのものになるつもりないから」
爪の先もあげない、と続けて陽央くんの手から飲みかけのグラスを奪うと、酒を取り上げられたことが余程ショックだったのか、ポカンとした表情で固まってしまった。
「……麗花さんのいじわる」
「そうだよ。わたしいじわるだもん」
しかし彼も諦めないですぐさま作戦を変更してきた。
「あと、ひとくちだけですからぁ」
涙ぐんだ瞳でじっと見つめてねだられれば、今しがた決意したばかりの陽央くんにはもう飲ませないという意思が簡単に揺らいでしまう。さらに、縋るように服の袖口を弱々しく握ってくるという追加攻撃までされてしまっては、折れるほかない。
「……ひとくちだけ、だからね」
「やったぁ……え、」
嬉々としてグラスへと伸ばされる手を自身の手で握り込んで阻止し、驚いた表情を見せる陽央くんをよそに取り上げたお酒をひとくちだけ口に含む。途端に口内に広がる甘み。顔を寄せる。一連の行為に意図を察したのか、彼が大きな目を数度瞬かせた後に、そっと瞳を閉じた。
「ん……」
唇を重ねて、お酒を陽央くんの口へと流し込む。唇の端からこぼれないように、少しずつ、ゆっくりと。握った手は優しく、それでも深く指を絡めて。口内で温くなってしまったのか、口に残る酒は初めて口にした時より甘く感じた。
「……はい、おわり」
お酒をすべて流し込んだところで、最後に下唇を軽く吸ってから口を離す。アルコールだけではなく、普段は口にしないタイプの酒の甘い口当たりに酔ってしまいそうだった。
すると、こくりと喉を鳴らして酒を飲み込んだ陽央くんが、握ったままの手をきゅっと握り返してきた。
「ね、麗花さん。あと、もうひとくちだけ」
とろりと熱を宿した瞳に、艶を含んだ唇で紡がれる求愛とも取れる言葉。普段とは桁違いに、それこそお酒の力を借りて放たれるようになった色香を正面から当てられると、くらくらと眩暈がしてくるほど。
食器がそのままに放置されたステンレスの流し台からいつも使っているマグカップを救い出して、水道でざっとすすぐ。そのまま水道水を注ぎ、飲み下した。
相変わらず汚い部屋と目の前の惨状、というほどではないが、テーブルの上に広げていたお菓子やおつまみはほとんどなく残骸だけが散乱している。そして、下の階の女将さんから沖縄旅行土産に貰った泡盛「菊之露」の牛乳割りがいたくお気に召したのか、おかわりを繰り返すと、普段とは質の違う笑い声を発しながらゆらゆらと揺れ動いている陽央くんの様子が目に入った。
「……麗花さんが3人いる。かわいい。ひとりくださぁい」
酔いが回って視界がぼやけているのか、顔を赤くした陽央くんがこちらの顔を見ながらそう言い放つと重たそうな頭をテーブルに突っ伏す。拍子に彼の手のなかにあるグラスが、肝が冷えるほど揺れた。テーブルの上に小さな白濁した水たまりがいくつか出来上がる。空になった缶ビールもからからと倒れ、テーブルの上のワインの空きビンが転がり、色々なものが散乱している床に落ちて音を立てた。さいわい割れてもいないしヒビも入っていないようだった。
自分のほうが、見た目も性格もよっぽど美しいというのに。それを本人に告げたところで否定の言葉が返ってくるのはわかってはいるが、兎にも角にも、いまは陽央くんからは早々にお酒を取り上げなければならない。
「呑みすぎ。ていうか、わたしは陽央くんのものになるつもりないから」
爪の先もあげない、と続けて陽央くんの手から飲みかけのグラスを奪うと、酒を取り上げられたことが余程ショックだったのか、ポカンとした表情で固まってしまった。
「……麗花さんのいじわる」
「そうだよ。わたしいじわるだもん」
しかし彼も諦めないですぐさま作戦を変更してきた。
「あと、ひとくちだけですからぁ」
涙ぐんだ瞳でじっと見つめてねだられれば、今しがた決意したばかりの陽央くんにはもう飲ませないという意思が簡単に揺らいでしまう。さらに、縋るように服の袖口を弱々しく握ってくるという追加攻撃までされてしまっては、折れるほかない。
「……ひとくちだけ、だからね」
「やったぁ……え、」
嬉々としてグラスへと伸ばされる手を自身の手で握り込んで阻止し、驚いた表情を見せる陽央くんをよそに取り上げたお酒をひとくちだけ口に含む。途端に口内に広がる甘み。顔を寄せる。一連の行為に意図を察したのか、彼が大きな目を数度瞬かせた後に、そっと瞳を閉じた。
「ん……」
唇を重ねて、お酒を陽央くんの口へと流し込む。唇の端からこぼれないように、少しずつ、ゆっくりと。握った手は優しく、それでも深く指を絡めて。口内で温くなってしまったのか、口に残る酒は初めて口にした時より甘く感じた。
「……はい、おわり」
お酒をすべて流し込んだところで、最後に下唇を軽く吸ってから口を離す。アルコールだけではなく、普段は口にしないタイプの酒の甘い口当たりに酔ってしまいそうだった。
すると、こくりと喉を鳴らして酒を飲み込んだ陽央くんが、握ったままの手をきゅっと握り返してきた。
「ね、麗花さん。あと、もうひとくちだけ」
とろりと熱を宿した瞳に、艶を含んだ唇で紡がれる求愛とも取れる言葉。普段とは桁違いに、それこそお酒の力を借りて放たれるようになった色香を正面から当てられると、くらくらと眩暈がしてくるほど。