恋じゃない愛じゃない
「わたし、前はアパレル販売員の副店長してたの。で、いつも通り出勤して開店したら2、3時間後にディベロッパー側から店を閉めてって言われて、本社に連絡しても繋がらなくて、いわゆる夜逃げ状態で倒産しちゃって。その日はわたしの23歳の誕生日だったのに、お給料も入らなくて、しまいには失業保険も貰えず突然ニートになって。だから……だから、だからね、わたし、」

「うん」

いまの陽央くんは、居酒屋で見せたほど、ザ・コミュニケーションというわけではなく、なんとなく静かで、どちらかというと聞き役にまわっていた。それでもわたしのとりとめない話に、うんうんと始終興味深げに耳を傾けてくれているのだから充分ザ・コミュニケーションと言える。

「今朝、ね。出勤の途中で知らない固定電話から電話があったんだけど、番号調べたらやっぱり、ほぼ縁を切った母親の住んでる県の消費者金融だった。闇金からでも借金するような人だから、たぶん自分に電話かかってくるのが嫌でわたしの番号を書いたみたい。前科あるし」

いいかげんにしてほしい。あの人は、昔からそう。

「……そう、だったんですか」

こんなこと突然聞かされて引いているに違いない。でも話すをやめられなかったのは、自分が思っていた以上に酔っていたからか、彼が聞き上手だからか、わからない。

「毎月お給料からひいて口座に振り込んであげてるんだけど、それも使い込んじゃってるんだと思う」

わからない。

自分で自分がコントロール出来なくなっていた。

「あの人がいなければ、わたしは自由なれるし、幸せかもしれない。あ、物騒な意味じゃなくてね、完全に離れたいの。時給が高いあの店でいまは手切れ金作ってる。まだ目標金額には程遠いけど……いつか、」

絶対、が言えない。

テーブルの上に肩肘を立て、顔を両手で顔を覆う。

もう、限界かもしれない。

ねえ。

「ねえ。わたし、どうすればいいと思う?」

少しでも沈黙しようなら、ずっと我慢していた溜息が出てしまいそうで、わたしは、思わずそんなことを口にしていた。

我に返る。

顔を上げると、陽央くんはわたしのほうを見ていてくれていた。グラスでも、ボトルでもなく、わたしを。

「うん。ひとまず、深呼吸してみる?」

絵本でも読み聞かせるような調子で穏やかに言われ、わたしはその通りに大きく息を吸い、静かに吐き出した。

「だいぶ落ち着いたかも」

「なら、よかったです」

溜息とは同じ息を吐くことなのに、こんなに違う。

「うん、ありがとう」

「安田さん」

陽央くんの、声のトーンが下がった。

「はい」

カウンターの椅子は支柱は床に固定されているが座席は回るタイプだったので、2人とも体の向きを横にし、対面する。

両手は膝の上。真剣な表情でわたしに視線を合わせる。

彼の長い睫毛や、綺麗な弧を描く眉が徐々に下がる様子、湿って赤みが増した唇なんかを見つめながら、静かに待つ。

「僕は、安田さんの役に立ちたいです」

こちらを真っ直ぐ見つめたまま。
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