恋じゃない愛じゃない
一瞬、間が空いた。

「え……どういうこと?」

「え、どういう」

「いつもそう言ってるの?」

「違いますよ」

「殺し文句」

「違いますって。安田さんのためならなんでも言うこと、聞きます」

「それも殺し文句だ」

「違いますよ! 信じてください!」

彼の目にはいつの間にか涙らしい光の影がだんだん溜まってきた。目の玉が濡れたように薄茶色を帯び、濡れて光っているので目が一層大きく見える。

髪色と瞳の色が同じになっていた。

必死だ。

「なんでもしてくれるの? いいね、それ、お酒、弱いのにここ入ったもんね」

「はい、なんでも。犬にもなります」

「いぬ? いぬって、わんこ?」

「いや、こんなこと思ったのはじめてなんですよ」

わたしはただなんとなく自分の白のロングスリーブTシャツの裾を下に引っ張って伸ばした。

そして、ジムビームをひとくち。

「きみみたいな、大袈裟で芝居がかった崇拝者みたいなの、本当に嫌い」

陽央くんは傷ついたような顔をする。

「なんでです?」

「そういうやつらが最後にはどうなるか知ってる?」

「いえ」

「さんざん歯の浮くような言葉で賛美しといて、ある日突然、家の電気のブレーカーが落ちて、バツッて真っ暗になったみたいに、いなくなるの。突然姿を消して、ハイ、終わり」

「そんなひどいことされたんですか?」

わたしはイライラと腕時計を見た。Baby-Gのブラックで文字盤はショッキングピンクで可愛いだけではなく、軽いし水にも強く実用的で気に入っている。

終電を理由に立ち去るにはまだちょっと早い。

「勝手にあてはめときながら、自分の理想の女の子と違うって感じた瞬間に離れるの。子供がおもちゃに興味なくすみたいにさ。付き合わされたこっちがバカみたい。バカを見たのは、こっち」

「僕はあてはめてなんかないですよ。すみません、変なこと言って、だから怒らないでください。絶対、失いたくないんです」

わたしはまだイライラしていて、そのせいで、なにも言いたくなかった。

「だから、悪い気持ちにさせていたら謝ります」

「いや、ごめん。わたしも突然怒って」

憮然と返す。

「いえ! 安田さんは謝らなくていいですよ! やっぱり安田さんみたいな魅力的な人にはどんどん、いろんな種類の男が集まるから大変だと思いますよ。悪いやつも寄ってくるでしょうし。でも、男のこと嫌いにならないでくださいね、僕みたいないい男も中にはいますから」

これには笑った。

「そうだね」

「あっ、笑ってくれた。すごくかわいいですね、笑った顔」

「陽央くんって、わたしのこと好きなの?」


「はい、好きです。好きになってしまいました」
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