朧月
それからというもの、私は気付けば有馬課長を目で追ってしまっていて。
自分の気持ちに気付くまでにそう時間は掛からなかった。
けれど、課長は既にパートナーの居る身。私のこの淡い恋なんて叶えようもない、世間的に見たら絶対に叶えちゃいけない。
薬指に通したままの指輪は外すことが出来ないまま。課長が他の女性と愛を誓った指輪を身に着けている以上、私だけ外したら余計に情けなくなる。
卓也との思い出だけなら、前の私なら。きっともうただの何もない薬指に戻すことも出来たんだろう。
『俺も――』
その続きがどうしても気になってしまう。その続きを知ることができなければ、きっと薄い期待を持つことを止められないだろう。
直接訊いてみようと何度思ったことか。
けれどそんな不躾な問いをぶつけることは憚られた。そうしている間に、時というものはどんどん先に進んでいく。
そして残業終わりに励ましてもらったあの日から、気付けばもう一か月。
あれほど私が知ることを求めてやまなかった課長の台詞の続きを、意図せぬ形で知ることになろうとは思わずに――。