朧月
第四章
もつれた糸が解けるとき
- 5:10 p.m. -
「もうだいぶ暗くなってきたね」
有馬課長は、自身の腕時計を見ながらそう言った。
相手先の都合により打ち合わせ日の予定が変更されたのはつい昨日のこと。休日出勤を余儀なくされた私たちは、先程ようやく解放されたのだが。
「まさかこんなに時間がかかるとは思わなかったな」
相手先の会社を出て少し歩いた場所。
困ったように笑いながら、そこに疲れも滲《にじ》ませた有馬課長に「そうですね」と私も思わず深い溜息を吐いた。
このまま帰宅できれば少しは気も休まるのに。これから一度社に戻って書類の整理をしなければ。
再び溜息が漏れそうになるのを既《すんで》のところで回避した。私より隣にいる有馬課長のほうが疲れているだろうから。
「会社に戻る前に少しお茶しようか」
「あ、ぜひ!」
コーヒーが飲みたいな、なんて顔を綻ばせて嬉しそうに言う課長に、年甲斐もなく浮足立つ。
自身の気持ちに気づいてから、ずっと。
一緒にいる時間、見せる笑顔、大きな背中。有馬課長を形作るそのすべてが大切に思い始めて。
少しでも彼の近くにいたいと。私はずいぶん貪欲になってしまった。