朧月



この辺りに美味しい喫茶店があったはずなんだけど――そう言う有馬課長の隣を私は黙って歩いている。
ここの地理がまったくと言っていいほどわからないからとりあえず課長に着いていくことにしたのだが。



「……ちょっと間違えたかな」

「そ、そうですね」



ピンク、ブルー、グリーン。カラフルなネオンが輝くこの辺りは、きっとそういうカップルが行くような場所で。

少し気まずそうに苦笑をこぼす課長に、なんだか私まで恥ずかしくなってくる。


早くここから立ち去ろう――そう思い踵《きびす》を返そうとしたとき。隣にいた有馬課長と肩が軽くぶつかってしまい、すみませんと謝った。


普段ならきっと「気にしないで」とか、何か一言言ってくれそうなものだが何の返事もない。

ちらりと見上げた先の有馬課長は、何かをじっと見据えていた。不思議に思い「どうしました?」と問いつつ、その視線の先を追う。



前方に、とあるホテルから出てくるふたつのシルエット。そのひとつに、私は見覚えがあった。


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