朧月
第五章
そして未来へ
「ごめんね、変なところ見せて」
あのネオンの輝く街を抜けたあと。苦しそうに、無理をしているように笑んだ有馬課長は振り向きざまに呟いた。
「そんなっ、……」
そんな課長に私は何も言えなくて。色んな言葉が脳裏に浮かんでは消え、また浮かんでは消えてしまう。
苦虫を噛み潰したように眉根を寄せる私を再度見下ろすと、なんでもないという風な口調で課長は続けた。
「ちょっと急用思い出したんだ。丹波さん、悪いけど先に会社戻っててくれる?」
「課長、」
目と鼻の先に駅がある。その大きいシルエットを見遣りながら饒舌に台詞を吐き出していく課長はいつも通りに見えるけれど、その実どこか急《せ》いているようで。
「報告書は俺のほうで上げておくから、丹波さんは今日預かった分の発注だけお願い。後で行くようにはするけど、遅くなるだろうし待ってなくて良いから――」
「有馬課長!」
課長の言葉を遮るように飛び出した自分の声が思いのほか大きく、少しだけ周囲の目を集めてしまった事実に頬が紅く染まる。
しかしながら、誰よりも驚いたのは課長のはず。目を大きく見開いて私を見下ろすその人と視線を合わせると、大きく息を吐き出した私は思いの丈をぶつけた。
「課長は魅力的な方です。器が大きく、人徳もあってたくさんの人から慕われています。……そんな素敵な方ですから、絶対に幸せになって欲しいです」
たくさんの人から、とか。"私"の間違いなんじゃ、と自分で突っ込みそうになるけれど、社内でも課長がたくさんの社員から慕われているのは事実な訳で。
現に課長が話を聞いてくれたおかげで、卓也を再びこの目で見ても私自身こうしてちゃんと立って居られている。もしも事実と向き合えていなかったら、今課長を励ますどころの心境では無かったのかもしれない。
どうにかして元気づけられたら。あのとき励ましてくれたお返しができたら、って。
詰まるところ私のエゴでしか無いんじゃないか、なんて言ってしまってからもぐるぐると色んな思いが渦巻いていたのだけれど。
「…うん。ありがと、丹波さん」
少しだけ泣きそうな表情《かお》で破顔一笑した課長を見て、なんだか私まで泣きそうになった。