朧月
- 9:23 a.m. -
あの日からちょうど半年ほど。課長と私は相変わらず普通の上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもない。
まさか卓也と課長のお付き合いしていた女性がそういう関係になっていただなんて、運命というものは残酷な結果を導くものだ。
結局あの後、何時になっても有馬課長は社に戻って来なかった。気持ち遅めまで残っていた私だったけれど、与えられた業務を終えてしまえば待つための理由も無くなってしまって。
翌日に出社してタイムカードを盗み見ると、課長はあの晩ではなく朝早めに出社したらしい。
「おはよう諸君」
PCと睨めっこしながらも回想に耽っていた私だったけれど、いつの間にかオフィスの扉を開けた人物を見て慌てて起立する。
「「おはようございます」」――オフィス内の人間が総立ちになって一礼し、挨拶を返す人物なんてこの社内で一人しか居ない。
「やあ、有馬くん」
「藤林CEO、お疲れ様です」
「少し時間をもらっても良いかな?」
「…は、勿論です。では、奥の部屋で…」
二人が揃って奥の応接室へと姿を消した後、オフィス内はざわめきに包まれた。CEOが直々にこの課を訪れるなんて、珍しいどころの話ではない。前例が無いのだ。
私自身、入社して3年が経つけれどCEOをこの目で見たのは今回でたったの二度目だったりする。
「(課長…、)」
ざわめきに胸中を支配されつつ、二人が向かったであろう応接室の方向を見つめた。