朧月
「あ、えっと、その…………」
言い淀む私に有馬課長の視線が刺さる。
心配を滲ませた瞳にひどい顔をした私が映るのが、なんだかいたたまれなくて。
「昨日、振られちゃって」
そんなことないですよ、と笑って言えばいいだけなのに。
喉奥が張り付いて、目の奥が痛くて、鼻の奥がツンとして。
嘘を吐くことも、誤魔化すこともできなかった。
ごめん。
他に好きな人ができた。
別れてほしい。
申し訳なさそうに頭を下げたあの姿が、脳裏に焼き付いて消えてくれない。指輪はまだ外せていない。
「俺も――」
自分の指元で寂しそうに光る指輪にそっと手を添えたとき、小さな声が聞こえた気がした。声は、少しだけ震えていたようだったけど。
「え?」
「――――……いや、なんでもない」
何かを言いかけてハッとしたように口を閉じた有馬課長は、少しだけ笑って残りのビールをぐっと飲み干す。
その雰囲気から、きっとこれ以上聞いてはいけないんだろうなと。だから私は何も言えなかった。
有馬課長の左手の薬指が、照明に照らされキラリと光った。