恋は思案の外



「お。お疲れさん」

「う、ん」



ひとの気配でもしたのか、男はこちらにちらりと視線を寄越したかと思うと、途端に煙草を乱暴に灰皿に押し付けながら口元を緩めそう言った。


上がった口端から、紫煙がゆらりと揺らめく。



また静かにコトリと動くこころに気付かないフリをして、それが強い風に流されて消えるのをわたしはじっと見ていた。




「着替えねぇの?」

「あ、き、着替える」



いつまでも動かないわたしを不審に思ったんだろう。


そう尋ねた声に少しどもって答えてしまったわたしに、何を感じ取ったのか。


わたしの目の前までダルそうにゆっくり歩いてきて正面に立つと、にやり。その顔に妖艶な笑みを浮かべる。



「なんならそのエプロン、俺が外してやろうか」



そしてわたしの背中の腰辺りでリボン結びにされたエプロンの紐を、くいっと引っ張る仕草をするのだ。


抱き着かれたような構図に、顔がカッと赤く染まる。



「、 ばっ、かじゃないの!!」

「じょーだん。」



慌てて距離を取ると男はふっ、と悪戯が成功した子どものように笑い「早く着替えてこい。」――そう言って背中を向けた。



どうやらわたしの着替えを見ないようにするためらしい。

まあ、着替えといってもエプロンを外して着てきたアウターに袖を通すだけだけど。




だけど。


きっと3分もかからないだろうその作業に、何故か小さく震える手のおかげで無駄に時間がかかった。



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