恋は思案の外
「……帰る」
「おー、帰るか」
また煙草を吸っていたらしい男の背中にぽつりと投げかけた、ちいさなわたしの言葉。
拾われるか微妙な声の大きさだったのに男はくるりと振り返ると同時に、殆ど吸っていないまだ長い煙草をぐちゃぐちゃと乱暴に灰皿に押し付けた。
それを横目で確認しながら待たずにハヤテ号(チャリ)を置いているスーパーの裏口に向かう。そんな少しの抵抗は意味が無いと知っていたが、つい。
やっぱりというかなんというか、「ちょ、待てよー」と某有名人のようなセリフでわたしを追いかけてくるひとがいる。
ちょっとだけ。
本当にちょっとだけ、自分の口元が緩んだ気がした。
――ガチャリ。裏口のボロいドアが鈍い音を立てる。
そのまま風圧に負けないようにぐっと力を込めて開けたその先では、春の嵐が思う存分暴れていた。
「あちゃー。さっきより酷くなってるじゃねぇか」
外の様子を、あんぐり口を開けて見ていたわたしの背後で暢気な声が響く。
「お姉さん、家までどんくらい?」
「……ハヤテ号で15分から20分くらい」
「あー、意外と遠いのね」
ほんと、どうしようこれ。
いくらこの男が一緒に帰ってくれるからって、歩きで自分ちまで無事に帰れるのだろうか。
さっきからずっとどうしようしか考えられない。いや、帰るしかないのはわかってるんだけど。命が。命が惜しい。
傘は使えねぇし、チャリでそのくらいかかるなら今から歩きだと――…そうわざわざ説明してくれる男には申し訳ないがその声は右から左。