恋は思案の外
それでも「おねーさーん」なんて。
従順なわんこのようについてくる男に、わたしは。
「……アンタ何でそんな格好、してんの。」
ついつい、話し掛けてしまう。
いや。
独り言のようにぽつりと零れた言葉だったと思う。
それくらいちいさな声を、男は聞き漏らすことなく「あぁ、これね。」――当たり前のように返事をして。
「今日、友達の結婚式なんだわ。」
いつもみたいなだるだるぼさぼさな雰囲気を一切消してしまって、髭のない、シャープな顎に手を添えた。
「やっぱ髭が無いと落ち着かねぇー」
「……知らないよそんなこと」
「前髪も無ぇし。 あ、でもお姉さんがよく見えるからいいかもしんねぇ」
「こっち見んな」
相変わらずつっけんどんだな、って。そうやってカラカラと笑うけど。
「早く行きなよ、結婚式。」
「あー、確かに時間ヤバいな。 そろそろ行くか」
いつもと変わらない会話のキャッチボールをしてるのに、何故か。
「じゃあな、いろは。頑張れよ。」
いつもと違う男の姿に、焦る気持ちと、哀しい気持ちが交差する。――何故かは理解らないけど。
その日。
わたしがバイトを上がるまで、男が現れることはなかった。