恋は思案の外



喫茶店に入らなくても、そのまま帰ればよかった。

あの映画が観たいわけでもない。ましてや、目の前にいるのはあのヒト科だ。このまま解散すればもう今日1日お世話をしなくても済むはず。


――それなのに、どうして。



ちろり。視線を目の前のヒト科に移す。大きな窓の外を頬杖をついて眺めるコイツは、やっぱりだらしない。

よれよれっとした無地のTシャツにハーフパンツ。壊れかけの健康サンダル。なんというファッションセンスだ。それに加え、ボサボサヘアー。剃るのを怠けて伸びたままの髭。やる気のない瞳。


だけど、時々。奴が遠くを見るときに双眸を細めるその仕草に、少しだけ。



「、」

「お姉さん?」

「な、んでもない」



わたしの視線に気付いたのか、その瞳をこちらに寄越したヒト科は不思議そうに尋ねてくる。慌てて運ばれてきたコーヒーを口に含むけど、まだ少しだけ熱いそれに顔を顰めた。



「いやあ、しかし残念だったなー」

「……そんなに見たかったの」

「見たかったっつーか、折角の映画デートだったのによー」

「………。」

「計画台無し。 それが残念。」



ストレートに残念、と。そう言うヒト科の口許はそれでも緩んでいた。

本当に残念だと思ってる?――ついそんなことを聞いてしまいそうになる自分が怖い。気付かぬうちにヒト科に染まりつつあるこの日常が、怖い。



「違う映画、観ようよ」



自分のことがてんでわからない。わたしは一体、どうしたんだろう。



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