恋は思案の外



長い長いCMの後、とうとう本編がスタートした。




――主人公の男性がある日突然、野生の狼に襲われるところから物語は始まる。

その男性は狼に噛み付かれてしまい、意識不明の重体で病院に運ばれるのだが、なんとか一命は取り留めた。


だがそれ以降、彼の中で不思議なことが次々と起こる。


犬歯が異常に発達したり、闇夜でもモノが良く見えたり、多様な臭いを識別できたり、微小な音を聞き取ることができたり――。普通の人間では考えられないような身体になってしまったのだ。


そんな、ある満月の日。彼は血が煮えたぎるような感覚に襲われる。自分が自分でなくなるような、恐ろしい感覚。

さらに夜も更けた頃、彼はとうとう自我を失ってしまう。そして――



“オ前ガ、欲シイ。”

“やッ。 だ、だめ……ッ、”

“欲シイ、欲シイ、――ホシイ。”

“あ……ッ。やめてッ。アァッ!”



見知らぬ女性の首に、がぶりと。その鋭く尖った犬歯を突き立てるのだ。



「………(え、っとぉ)。」



それは予想以上に濃厚なシーンで、スクリーン上の男女ふたりの布面積はかなり少ない。つい目を泳がせてしまうのも、仕方ないだろう。

このまま直視するのはなかなか……。どうしようか、とひとり狼狽えていたとき、目の前にふと黒い影がかかる。


え?とその影の正体を見極めようとよくよく目を凝らすと、そこには。



――…ニヤリ。厭らしく笑う、ヒト科の顔があった。



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