「夕暮れのノスタルジー」〜涙の落ちる速度は〜
ーー空は、日が沈みかけて夕まぐれに染まろうとしていた。
「……ねぇ、こう君! 赤トンボ飛んでるよ!」
「うん、ミキちゃん。赤トンボだね!」
「追いかけてみようよ、ねぇ?」
「あ…待ってよ! ミキちゃん!」
夕日の中を飛ぶ赤トンボを追って、ミキちゃんがあぜ道を走り出す。
その背中を追いかけて、僕も懸命に走った。
「ハァハァ…あれ、赤トンボどっか行っちゃったね」
ミキちゃんが立ち止まって、振り返る。
いつの間にか、飛んでいたトンボの姿は見えなくなっていた。
「……トンボはいなくなっちゃったけど、夕焼けが赤トンボみたいだよ?」
言う僕に、
「うん、本当だね。赤トンボみたいに真っ赤だね」
ミキちゃんが答えて、
「ねぇ赤トンボがこの夕焼けを作ってくれたのかな? ねぇ、こう君」
笑った。
紅く差す西陽に、ミキちゃんの横顔が仄かに赤らんで輝いて見えた。
ーー記憶の底に沈むあの日の夕焼けを、僕は今も忘れられないでいる。
< 1 / 10 >