大人になれなかった君とぼく
 一本道もあと少しで終わりです。天国までもう少し。道の先の白い光がだんだん強くなります。二人とも立ち止まり、光の方を見つめています。

「もう少しで天国に着いちゃうね」

クロが少し寂しそうに言いました。翔太くんもどこか寂しそうです。散った花びらが風に乗り、綺麗な花吹雪となって二人の周りで雪のように降り注いでいます。

「そうだね、着いちゃうね」

「ねぇ、もし生まれ変われるとしたらさ、君はまた人間になりたいかい?」

クロの問いに翔太くんは心の中で迷って、すぐに答えることができませんでした。

人間に生まれ変われば、またいじめられるかもしれない。また同じことを繰り返すかもしれない。そう思うと怖くて、不安でたまりません。

それなら、いっそのこと人間とは違う別の何かに生まれ変わった方がいいんじゃないか。そんな考えも頭を過ります。

でも、それとは別にお母さんやお父さんとの楽しかった思い出も甦ってきます。今頃、お母さんとお父さんは翔太くんが突然いなくなったことで、涙が枯れるほど泣いているに違いありません。そう思うと会いたくて、ちゃんと謝りたくて仕方ありません。

翔太くんの中で一つの答えが出ました。

「正直、もう人間になんて生まれたくないって思ってた。何も悪いことしてないのにいじめてくるし、嫌なことばかりで楽しいことなんてない。こんな世界嫌だ!って。でも、君と出会ってその考えも変わった」

クロは翔太くんの目を見て、言葉を待ちました。

「世界には生きたくても生きられない、生きられなかった命があるってことを知った。君と出会って、話して、俺にも友達ができるってことが分かった。そして、友達や、家族のような、自分を愛してくれる人がいれば、辛いことも乗り越えられる。君がそう教えてくれた。だから、人間としてまた生まれ変わって、できることなら、本当に神様という存在がいるのなら、お願いしたいんだ。"もう一度、お母さんと、お父さんの子供として生まれ変わらせてください"って。そして、謝りたい。ごめんなさいって。こんなことをしてごめんなさいって。突然いなくなって、ごめんなさいって。ちゃんと、謝りたいんだ。でも、俺……弱虫だからさ。一人じゃ心細いんだ。だから、今度は君にも"家族"として、俺の隣にいてほしいと思ってる」

「ぼくで、いいの?こんな地味で、目の前を通るだけで不吉だっていわれるような黒猫で、本当にいいの?」

「なにが不吉なもんか!俺は君のおかげで救われたんだぞ。本当に感謝してる。それに、ここまで言わせておいて、いまさら何言ってんだよ。クロ、君じゃなきゃダメなんだ。俺は、君がいいんだ。君と家族になりたい。君にもうあんな辛い想いはさせない。苦しくて、怖い想いは絶対にさせない!俺が君をちゃんと愛するよ。後、君は十分かわいいよ、クロ。俺が、保証する」

クロの嬉しい気持ちが小さな目から大粒の涙となって、次々と溢れ出てきます。それを翔太くんに見られまいと、恥ずかしそうに顔をそむけます。その小さな黒い手で零れ落ちそうになる涙を拭き取りながら鼻をズズッとすすり、照れくさそうに「ヘヘッ」と笑いました。そして、続けて誤魔化すように言います。

「人間に保証されてもなぁ」

「そういう君はどうするの?また猫に生まれ変わりたいって思う?」

今度は可笑しそうに笑みを浮かべながら、クロは言います。

「それこそ、いまさらの質問じゃないか。君にここまで言われた後で"猫には生まれ変わりたくない!"なんて言えないよ。君も意外と悪い人間なんだね」

翔太くんはニッと笑ってみせてから言います。

「あいつらほどじゃないよ」

「でも、君の想いを聞いて、ぼくも決めたよ。ぼくをこんなにも愛してくれる人間がいるってことを、君が教えてくれた。だから、ぼくもまた猫として、今度は君の家族として生まれ変わりたい。どこかへお出掛けするときは"いってらっしゃい"って送り出して、帰ってきたら"おかえり"って出迎えるよ」

「暖かい日は一緒にひなたぼっこしよう」

「寒い日は一緒にこたつに入って暖まろうね。そして、嬉しいときは一緒に喜んで、つらかったり、悲しいときには君のそばにいる」

「なんでもない毎日を次は一緒に過ごそう。クロ、もう君は一人じゃない」

「翔太、君も一人じゃないよ。ぼくが君を守るから」

「それはそれは頼もしいね」

クロは少しムッとした表情を浮かべて、翔太くんを睨みました。

「あっ!今、馬鹿にしたでしょ!」

「してないよ。ほら、速くしないと置いてくよ」

「ちょっと待って!コラ!逃げるなぁ~!!」

先を行く翔太くんの後をクロが追いかけます。

二人はまるで昔から知っている兄弟のように、仲良さそうに、楽しそうな明るい笑顔を浮かべながら白い光の向こうへと消えていきました。
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